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2008/06/05

『小さな赤い花』

 幼稚園の頃、なわとびの達成度にあわせて花のワッペンがもらえた。お金や賞状といった成果報酬的な概念のない幼少期、その「がんばったで賞」的な“花”だけが僕の全てだった。

 中国第六世代の映画監督チャン・ユアンの新作『小さな赤い花』を観ながら、その頃の思い出がありありと蘇ってきた。



 舞台となるのは北京にある全寮制の幼稚園。

 冒頭からスクリーンはおびただしい数の子供たちであふれ返っている。可愛らしい子供たちが無邪気にギャーギャーと絶叫を繰り返すに留まらず、それこそ全寮制である分、朝起きて、うんちして、ご飯食べて、それから幼稚園でお遊戯するなどといったあらゆるスケジュールにおいて、子供たちは演技を通り越した“そのままの姿”で観客を魅了する。

 もちろん無邪気なだけでは子供らはすぐカオス化しかねない。そこで先生という名の秩序が必要となる。この強権的存在が、朝から晩まで園児をみっちりルールで縛り付けるのだ。

 ここの幼稚園、大人から見てもやたらと厳しい。若くて可愛らしい女の先生が物凄い形相で怒ったり、園児にはずかしめを与えたり、その子がひとつのことをやり遂げるまで決して許さなかったり・・・とにかくお着替えから排便までやたらとルールに厳しい。

  そして園児の評価制度として活躍するのが「小さな赤い花」である。遵守する者には赤い花の褒美を、乱す者には赤い花の没収を。

 園内のボードには、まるでサラリーマンの営業成績のように花の獲得個数が記されている。園児は花の個数によって一喜一憂し、先生たちは言うことを聞かない園児に対し「お花を取り上げるわよ」と迫る。その言葉は効果てきめん。園児も「…ごめんなさい」と態度を翻す。

 でも一方、ルールがあればそれをはみ出したくなってしまうのが人間ってもの。主人公の4歳児チアンは、「小さい赤い花」に憧れつつも、その価値観の一歩外側へ飛び出してみたくなる。幼いながらの悪知恵で強権に対抗するチアン。しかし女先生軍団も恐るべき手段でもってその野望を迎え撃つ。そしてある日、やっとのことで幼稚園から脱出したチアンが目にした光景とは…。っていうか、これってなんて『マトリックス』的な世界観なんだ!

 本作の無邪気な子供たちを眺めながら、イラン映画のことを思い出していた。イラン映画と中国映画に共通するのは政府による検閲制度に他ならない。表現者を縛るこの監視の目について、たとえば本作のチャン・ユアン監督は「まるで地雷のようにルールが多い」と語り、巨匠チャン・イーモウは「検閲で問題点が指摘されたら、あきらめずに粘り強く対処していくことが重要だ」と語っている。

 そしてイラン映画に見られたように、この制度を巧く通過するには「こども」を使うのが効果的のようだ。表向きは児童映画として制作し、地雷を踏みそうなテーマは寓話性の奥深くへと沈潜させる。あるいは作り手にそういう意図がなくとも、子供の無邪気さに紛れて思わぬ本音やリアリティが飛び出してくる、って偶発性さえあるだろう。

 本作はなにも「中国の統治形態が悪い」とか、そういうことを声高に主張しているわけではない。しかし意図的か無意識か分からないが、幼稚園という舞台装置には、面白いように統治体制におけるいくつかの段階が浮かび上がっている。支配、従順、反乱、そして絶望…。かくも統治過程のフラスコ実験を観ているようなこの映画。考えようによっては地雷に触れ大爆発となるところを、他でもない子供たちの無邪気な存在が問題点をしっかりと中和してくれている。

 仮に僕が中国の検閲官だったなら「笑の大学」の西村雅彦ばりに「むむむ!!!」とバツをつけたかもしれないが、このプロジェクトは結果的に『大脱走』も真っ青な作戦勝ちで検閲を通過してしまった。きっとこれはチャン・ユアン監督が、チャン・イーモウの言うところの「粘り強く対処していくこと」をきちんと実践した成果だったに違いない。

 いずれにしても、本作の『マトリックス』を地でいくようなクライマックスには笑ってしまう。どんな最新技術を持ってしても描けない現実が、そこには口を大きく開けて待っている。別に中国だけではない。日本の現状だっていまだにあれと似たようなものだ。

 あっけにとられる4歳児チアン。

 ああ、可哀相なチアンよ…どうか安易な絶望だけはしないでほしい。

 だってこの国でも、粘り強く対処しさえすれば、『小さな赤い花』のような気概のある映画が製作できるのだから。

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小さな赤い花
監督:チャン・ユアン
出演:ドゥン・ボウェン、ニン・ユアンユアン、チン・マンヤン
(2006年/中国・イタリア)アルシネテラン

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