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2008/08/14

リトル・ランボーズ Son of Rambow

*もう2年も前に観たこの映画が、2010年の10月に日本で劇場公開されるようです。その報を受けて若干加筆修正しました(2010年7月18日)

Sonoframbow_2 
『銀河ヒッチハイク・ガイド』のガース・ジェニングス監督が、またもやとびきり楽しくて、後で胸にこたえるほどキュンとくるキッズ・ムービーを生み出した。かつて『ランボー』に影響を受けた子らも、別にそうでない人も、なんだか忘れかけていた青春と友情の日々を思い出し、束の間のノスタルジーになんだかホッコリしてしまう…それが“Son of Rambow”だ。

舞台は80年代のイギリス。

敬虔なキリスト教の家庭に育った10才の少年ウィルは、幼い頃から映画やテレビや音楽といった悪魔的カルチャーの摂取を固く禁じられていた。そんな日常から逃げ出したくて、ひとりノートに描きためたパラパラ漫画で空想の羽根を広げる彼に、ある日一大転機が訪れる。学校の廊下でなんと破天荒な問題児カーターと衝撃的な出逢いを果たしたのだ。相手の強引なペースに巻き込まれ、ウィルはカーターの持っていた海賊版ビデオであの『ランボー』を目撃する。それは彼にとってまさに生涯で初となる映画体験だった。

「なんだこりゃ!!!」

体内に湧き上がる興奮を抑えるのに必死になりながら、ウィルとカーターは互いに意気投合する。次の瞬間に彼らの下した結論は「僕らの手でこんな映画つくろう!」ってこと。カーターが調達してきたビデオカメラを駆使し、彼らは見よう見まねでオリジナルのアクション・ムービーを撮影しはじめる。

銃撃戦、大ジャンプ、『ランボー』のリメイク、命がけのスタント。

子どもながらの無軌道な、しかし何のタブーもしがらみもないフリーダムな創造力をフル回転させながら次から次に新たなシークエンスが撮り貯められていく。そしていつしか彼らの小さなムーブメントは学校中の生徒の知るところとなり、その何気ない仕草ひとつで周囲をメロメロに魅了するフランス人交換留学生までをも巻き込んで、なんだか騒々しい事態に発展していく。

しかしその規模が大きくなるにつれてウィルとカーターの自由は奪われていく。彼らの映画は初期の飽くなき野心を失い、だんだんフランス人気取りの小じゃれた方向性に…それはウィル&カーターが築いてきた関係性の崩壊をも意味していた。

果たして彼らの友情は取り戻せるのか?そして、かけがえのない友を失いそうになったとき、最後にウィルの下した決断とは・・・?

Son_3 
それぞれの家庭環境に心を痛めるウィル&カーターにとって、「映画制作」こそ『ランボー』級の大スペクタクルだったに違いない。彼らの撮り貯めた支離滅裂なまでのシークエンスは日々の怒りや悲しみや苦しみを木っ端みじんに吹き飛ばすほどのエネルギーに満ち溢れている。なるほど、これは単なる青春ノスタルジーではない。「生きるためのファンタジー」が人生に深みをもたらす瞬間を活写した、まさに“映画の魔法”に魅入られた映画といえそうだ。『ザ・フォール/落下の王国』や『僕らのミライへ逆回転』、また『ニュー・シネマ・パラダイス』までもがそうだったように。

たまたま目にしたヴァージン・アトランティック航空の機内誌でガース・ジェニングス監督はこう語っている。

「80年代、それは毎日が恐ろしく長くて、いつもお日様がキラキラ輝いていて、学校の廊下はなかなか終わりが見えなくって、フランスからの交流生は違う惑星からの来訪者のように見えた」

空っぽの時代とも言われる80年代。しかし『ホット・ファズ』のエドガー・ライトしかり、『つぐない』のジョー・ライトしかり、ジェニングスしかり、同時代に幼少期を過ごした全ての英国フィルムメーカーにとって、本作の描くウィル&カーターの辿る青春はそれこそ映画の原体験というべき香りに満ちていたことだろう。

空っぽ?何が?

実際に僕らはあの時代からたくさんの栄養分を吸収して、今の決死の大ジャンプに生かしている。すべての生きとし生けるフィルムメーカーは、ある意味、“ランボーの子”なのであり、その気持ちは観客だって全く変わらない。誰もがスタローンやシュワルツェネッガーから「なんだこりゃ!?」の洗礼を受けて大きくなった者たちばかりなのだ。そしてあの当時、確実に映画の魔法は存在した。

つまりこれは映画におけるロスト・ヴァージニティ(映画初体験)の物語。いつもは思い出すだけで恥ずかしいそれらの記憶も、本作を観た後なら素直に口にできそうな気がする。『リトル・ランボーズ』はそんな映画だ。

ちなみに、本作には『ランボー』からのフッテージがそのまま使われている。この映画とは何の係わり合いもないシルベスタ・スターローンも本作の仕上がりを心から祝福しているという。すでにお気づきのことと思うが正式な“ランボー”の綴りは“Rambo”。それをそのまま使うことは法律上の問題でままならず、語尾に“W”を付けたきわめてオリジナルの、つまり「あの日の記憶」の象徴としての“Rambow"が、そこには姿を現している。

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