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2008/09/10

『イントゥ・ザ・ワイルド』

これまでのショーン・ペン作品に顕著だった理性と狂気の狭間を幾度となく往復するような感触はあっさりと削ぎ取られている。イラク戦争に反対して新聞広告を掲載したり、イラクへ飛んで現地レポートに従事したりと、ラディカルな行動を貫いてきた彼が、この『イントゥ・ザ・ワイルド』ではまるで上空からこの慌ただしい世界を俯瞰するかのように、ゆったりとすべての生を抱きしめようとしている。

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’90年、若者は旅に出る。物質文明と人間の欺瞞から脱し、大自然の中で孤独に“生”の意味を問い直すために。目指す地はアラスカ。旅の過程では多くの旅人たちがとびきりの笑顔を浮かべながら通り過ぎていく。生涯忘れ得ぬ出逢いと別れの中で、いつしか彼は、人間と人間とが心を裸にして精神的に繋がり合う素晴らしさを覚えていく---

この映画の原作はジョン・クラカワーによる「荒野へ」。ショーン・ペンは主人公の手記をもとに執筆されたこのノベライズに大きな衝撃を受け、10年間に渡って関係者と映画化の交渉を重ねてきたという。

ちょうど本作が公開され、アカデミー賞にもノミネートされようと言うとき、テレビでアメリカ人の青年が「この映画は僕の人生観を変えた!」と熱狂して語っていたのを思い出す。「僕にとってはアカデミー賞の結果よりも重要な作品」なのだと。

「歴史は繰り返される」とよく言われるが、かつて「荒野へ」を手にしたショーン・ペンの衝撃と、このテレビで青年の語っていた衝撃はまさに同質的なものと言えるだろう。とすると、この狭間に横たわる十数年のスパンは「荒野に消えた彼」が再び現世に降臨するまでに要する年月なのだろうか。それとも時代が価値観の衝突に蝕まれたとき、この荒野の物語は誰彼問わずして幾度となく語り継がれていくものなのだろうか。

奇しくも映画の中で、テレビに映る父ブッシュが湾岸戦争の正当性を神妙な面持ちで語っていた。もちろん主人公はそんな世俗的な出来事を意に介することさえない。

この繰り返される時代の同心円上に、『イントゥ・ザ・ワイルド』はもうひとつの巨大な弧を描く。それは圧倒的な生命の洪水である。主人公が大自然の中で出会った最後の文明の砦「不思議なバス」での生活を通して、無力な者に対してはあまりに容赦のない大自然の驚異を果敢に描写していくのだ。それは決して残酷性や狂気などではなく、大自然の中で彼の存在自体がほんの小さな営みのように思えてくる刹那でさえある。土から始まって、土へ帰っていく。そうやって何万年、何億年と続いてきた営みがある。そのことを自覚しなければ始まらない“生”がある。

「時代」の繰り返しと、「大自然」の繰り返し。人間のちっぽけな「生」がこのあまりにスケールの違う大小ふたつのサイクルによって横殴りの洗礼を受ける中、若者は自らをアレクサンダー・スーパートランプと変名し、多くの旅人たちと珠玉の瞬間を過ごし、旅の過程をノートに書き記し、日々痩せこけて新たな穴の必要となったベルトにその都度新たな冒険の記録を壁画のごとく彫り込んでいく。これらは誰に見せるためのものであったのだろうか。たったひとりの妹?自分を苦しめてきた父母?旅で出会った佳き人々?彼と同じ苦しみを抱え、これから旅に出ようとしている全ての若者?

いや、彼はたったひとりの人間のためにこの物語を刻んでいる。それはほかでもない、もうひとりの自分自身、クリス・マッカンドレス本人だ。

『イントゥ・ザ・ワイルド』は自らが大きな波に飲まれどんどん矮小化されていく中で、逆に力の限り「自分の物語」を見つけ出そうとする。決して時代や大自然のサイクルに埋没したりはしない。これはエコやロハスの映画なのではなく、その意味でとてつもないほど自分本位の映画だ。セルフィッシュと言ってもいいくらいに。でもだからこそ、目の覚めるほど圧倒的な生の物語に成り得ている。

世の中、“取替え可能”なものばかりで、フィクション世界でも「一回生」といった概念が薄まってきた。しかしこの映画には取り替え可能なものなど何ひとつない。人間の生き様がこれほど力強く刻印された作品も久しぶりだ。ああ、旅に出たい。人と出逢いたい。自分の限界を知り、そして自分の「生の物語」を人生に刻み込むために。

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イントゥ・ザ・ワイルド
監督・脚本:ショーン・ペン
出演:エミール・ハーシュ、ハル・ホルブルック、キャサリン・キーナー
ウィリアム・ハート、ヴィンス・ヴォーン
(2007年/アメリカ)スタイルジャム
9月6日(土)よりシャンテシネ、テアトルタイムズスクエアほか全国順次ロードショー

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