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2008/10/31

いる人、いない人

■映画祭の最終日、会場には行かなかった。前日から喉の痛みがひどくなっていたこともあり、クロージング・セレモニーはパソコン画面のネット中継で見守ることに。でも結果的にこれでよかったなと思う。もしも会場に足を運んでいたら、僕はひとりで大泣きして、係員に「あっちへいってくれ」と放り出されていたかもしれない■最初に「最優秀アジア映画賞」として『私のマーロンとブランド』のフセイン・マカベイが登壇したときには、その前日、僕の質問に真剣な眼差しで映画論を繰り広げていた彼の顔が、はじめてクシャクシャに綻ぶのを目の当たりにした。ああ、彼もあんな表情するんだ■壇上で彼は語った。「この受賞のおかげでトルコでの上映が実現できます」■そのコメントは、前日僕が聞き損ねていた質問への答えと、ちょうど重なった■日本映画「ある視点」部門のグランプリを獲得したのは、故・市川準監督のたった47分の遺作『buy a suit スーツを買う』。フィルムとはまったく違うHDカメラの触感が最初はぎこちなく、しかし徐々に観る者の心に沁み込んでくる不思議な作品だった■カメラがたくさんの日だまりを捉える。その照り返してくるまぶしさの中で関西弁がやさしく耳に響く■ふと、音信不通の兄を探してひとり上京してきた女性が、交差点の雑踏に飲み込まれていく。この他愛もないシーンに、どういうわけか自分が東京で母親と別れ、この大都会の真ん中でついにひとりぼっちになったときのことを思い出した■かつて取材させてもらったとき、市川監督はこう語った■「映画を撮るときのクセみたいなものですかね。どうしても人と繋がっていたい、と考えてしまうんですよ」■『buy a suit』はまばゆい光と共に、まさに全編、市川監督が「クセ」と呼ぶ温かい想いに満ちていた。しかしこの映画が暗転する直前、それは起こった。まるで市川監督の辞書に載ってない描写が想像力の向こうからポンと投げ込まれたかのように、それはあまりにも唐突に、すべての“繋がり”を断ち切ってしまった■生涯最期となるショットに、監督はいったいどんな想いを託したのだろう■その答えを聞きたくとも、市川監督はもうこの世に存在しない■と、そんなことを考えていると、いつしか審査委員長のジョン・ヴォイトが、グランプリを発表しよう若干厳粛な面持ちを浮かべていた■最初のフレーズが口をついて出た瞬間、結果は分かった■「トルパン!」■カメラが動く。彼らの姿を捉える■あとは、つい一昨日、同じ目線で言葉を交わしたばかりの3人組が壇上で大きな拍手に包まれるのを、ただただ涙ながらに観ているしか、僕には術がなかった。

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