« 『007/慰めの報酬』記者会見 | トップページ | 『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』 »

2008/11/29

『チェンジリング』

Changeling_2  ついに孤高のヒロイン、現る。

1920年代、ロサンゼルス。電話会社に勤めるクリスティン(アンジェリーナ・ジョリー)は、女手ひとつで生計を立てて暮らしていた。自宅には最愛の息子。ただし夫はいない。「どうして僕にはパパがいないの?」という幼子の質問に、彼女はいつもこう答える。「あなたが生まれた日、パパには“責任”という名のプレゼントが届いた。その重みに耐えきれず逃げ出したのよ」。

この世の愛をすべて体現したかのような幸福な母子に、唐突にも災厄が降りかかる。ひとりで留守番していたはずの息子が忽然と姿を消したのだ。近所を探しても消息は掴めない。最後の頼みで警察に助けを求めるも、電話口からは「行方不明に関しては24時間経ってから捜査を開始する方針です」との回答が響き渡る。楽観主義的に相手は言う。「だいじょうぶです。朝までには元気に帰ってきますよ」。

息子は帰ってこなかった。誘拐事件なのか?しかし犯人から身代金の要求はない。ロス全体が事件の経緯を見守る中、時間だけが無情にも過ぎてゆく。長老派のブリーグレブ牧師(ジョン・マルコヴィッチ)は集まった信者たちに語りかける。「まずは幼子が無事に帰還することを祈りましょう。そして我々はロス市警の腐敗を許してはならない」。当時、ロス市警の汚職や人権を踏みにじる捜査がまかり通っていた。警察の不正に異を唱える人々によるキャンペーンは激しさを増し、警察官僚はその火消しに躍起になっていた。

そんな矢先、クリスティンのもとに一本の知らせが届く。捜索中の息子が見つかったというのだ。最愛の息子は機関車で送り届けられた。駅にはおびただしい報道陣が感動の瞬間を逃すまいとカメラを構え待ちかまえる。しかしクリスティンにはどれが息子なのか分からない。懸命に息子の面影を探し求める彼女に担当警部が「ほら、この子ですよ」と告げる。クリスティンは目を疑った。「この子は・・・違う」。戸惑う彼女に警部は「5ヶ月も経つと外見は変わります」と説得する。「いまはあなたの気が動転しているだけですよ」。

帰還した息子は言葉遣いも仕草も、そして外見さえも変わっていた。「この子は違います。捜し直してください」。クリスティンの訴えに警察は全く耳を貸さず「我々に落ち度は無い」と主張する。それどころか彼女を精神不安定者として近所に吹聴し、それでも屈しない彼女に「危険人物」としてあらゆる措置を講じようとする。

一連の流れを察したブリーグレブ牧師はクリスティンに「もしお望みならば力になります」と連絡を送る。ようやく頼りになる存在を得られたクリスティン。そんな彼女に対して警察は驚くべき強硬手段に打って出る。

そしてちょうどその頃、近郊の農場で、ロス全体を揺るがすとんでもない事件が明るみになろうとしていた・・・。

Changeling1
暗闇の中に古き良き時代のプロダクション・ロゴが眩く旋回し、イーストウッド作曲のメインテーマが、シンプルに情感をたたえる。モノクロで始まるこの物語。ロサンゼルスの街並みが映し出されると同時に徐々に色味を帯びてくる。そしてカメラは一軒の家屋へ。毎度のことだが、観客を瞬時にその時代へと招き入れる卓越した手腕に恐れ入る。イーストウッドの偉大なところはまず、巨匠でありながら観客にいらぬ緊張を強いることなく、あまりに自然に観客をその物語の体内へといざなうことにある。

“チェンジリング”というタイトルは「妖精のいたずらによって子供が取り替えられる」という民間伝承から用いたもの。イーストウッド作品は最近ではブライアン・ヘルゲランドやポール・ハギスなど重厚なストーリーテラーが注目を集めてきたが、今回はジャーナリスト出身の脚本家マイケル・ストラジンスキーが史実を基に丹念に掘り下げてみせた。

市庁舎で廃棄処分されようとしていた書類の中からこの事件の記録を手にした彼は、その後、精緻な調査によってひとりのシングルマザー“クリスティン・コリンズ”がたどった7年間の軌跡を浮き彫りにした。この衝撃と完成度に魅了されたロン・ハワード&ブライアン・ハワードという「イマジン・エンターテインメント」の面々がプロデュースを買って出、この物語にふさわしい監督としてイーストウッド以外には考えられないとの結論に達したのだという。

はたして1930年生まれのイーストウッドにとって、ここで描かれる街の風景を懐かしいと想い得たかどうか。

今回、イーストウッド作品には珍しく、主人公は女性だ。『ミリオンダラー・ベイビー』のようなアンサンブルとも違い、アンジェリーナ・ジョリーによるひたむきな母親がひとり際だった存在感を放っている。もしかすると『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』と父性的な作品が強烈な地響きを巻き起こした後、イーストウッドはその傷跡に限りない母性を求めたのではないか。思い返せば『硫黄島からの手紙』には負傷したアメリカ兵が所持する「母からの手紙」が朗読されるシーンがあった。息子に手を振り、そして帰宅を待ち続ける『チェンジリング』の母親の姿は、この「手紙」の送り主たち共通するものがあるようにも思える。

この主人公のシングルマザー、クリスティンの挑む戦いは“受難”とも呼ぶべき壮絶なものだ。これはただひたすら真実を求めようとした女性の物語。しかもこの戦いに勝ったところで、彼女には得るものなど何もない。最愛の息子が無事に帰還しなければ、何の意味もないのだ。

本作の中盤はとくに壮絶だ。当時の警察権力に逆らった者たちがどのような運命を辿ったのか、その歴史の裏側をしかと垣間見せてくれる。警察による嫌がらせ、そして刑務所よりも恐ろしい精神病棟への投獄・・・。しかしいつものイーストウッド作品のように“孤独”に陥るかと思いきや、彼女には力強い救いの手がさしのべられる。かつて『ザ・シークレット・サービス』ではイーストウッドを敵に回して恐怖の銃弾を放つ側だったジョン・マルコヴィッチが、ここでは真相究明に向けて援護射撃を放つのだ。そして彼らが巻き起こしたムーブメントは警察機構の変革に一席を投じる原動力となっていく。いつしか彼女は言う。「失うものなど何もない」。これはかつて他のイーストウッド作品の主人公たちが胸に秘めていた(あるいは口にした)セリフではなかったか。

お気づきのように『チェンジリング』には2001年以降アメリカが辿ってきた歴史を如実に盛り込んだようなきらいがある。しかしいつものことながら、イーストウッドはそれを直接的に描く作法は決して好まず、それをそのまま、時代の空気の中に閉じこめて観客に提示する。僕らはついつい「政府批判だ!」と浮き足だってしまいそうにもなるものの、それでもなお続いていくクリスティンの人生、そして大河のごときストーリーに魅了され、落ち着いて腰を下ろし、固唾を飲んで成り行きを見守ってしまう。

そこで気づく。イーストウッドは何も9.11以降のアメリカ史を描こうとしたわけではなかったのだ。権力が横暴化し、市民が犠牲となり、しかし少数の善き人々が立ち上がり、変革の波が巻き起こる。この一連の流れは歴史上もう幾度となく繰り返されてきた。イーストウッドはこれらを高みから俯瞰している。

ふと、ブリーグレブ牧師の言葉が思い出される。

「正しく戦えば不幸な事態に終止符が打てる」

イーストウッドはこの普遍的なストーリーこそを観客に伝えたかった。伝える使命があると思ったのではないだろうか。

↓この記事が参考になったらクリックをお願いします。

チェンジリング
監督:クリント・イーストウッド
出演:アンジェリーナ・ジョリー、ガトリン・グリイス、ジョン・マルコヴィッチ、
コルム・フィオール、デヴォン・コンティ、ジェフリー・ドノヴァン
(2008年/アメリカ)東宝東和
2009年2月ロードショー

------

TOP】【過去レビュー】【DIARY

|

« 『007/慰めの報酬』記者会見 | トップページ | 『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』 »

【監督:クリント・イーストウッド】」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/137483/43268093

この記事へのトラックバック一覧です: 『チェンジリング』:

« 『007/慰めの報酬』記者会見 | トップページ | 『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』 »