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2008/12/13

『大丈夫であるように』

以前、川越スカラ座で行われた『歩いても 歩いても』トークショー(参照)で、是枝裕和監督は12月公開となる新作について触れた。ミュージシャンCoccoに密着したドキュメンタリー作品だ。

彼女は日々の生活の中で心を動かされることがあると、ひそかに即興の音楽を口ずさみ、それを吹き込んだ音源をそっと当事者に贈ったりする。かつてCoccoは是枝作品『誰も知らない』を観た後、その感情を音楽で綴った。そしてそのCDを是枝監督のもとに贈ったという。リリースされることも、他人が耳にすることもないその楽曲は、いまでも是枝監督の大切な宝物なのだそうだ。

このようにして始まったふたりの交流は、ついにミュージシャンと映像作家のコラボレーションとしてひとつの作品を生み出すに至った。それが本作『大丈夫であるように―Cocco 終わらない旅―』である。

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僕にとってCoccoといえば、気がつくと一人暮らしのCDラジカセからそのダイナミックな歌声が聞こえていた。どこかシャーマンを思わせる神秘性だったり、ステージ上で裸足で歌うなどという逸話の数々は、「ちょっと人間離れした存在」という僕の中での印象を強くさせた。

だからこそ、この映画が始まるや、彼女が沖縄の子供たちに方言丸出しで「おめえたち、ちゃんと勉強しろよ~!」と親戚のおばさんような気軽さで接していく自然体には衝撃を受けたし、そこでまったく警戒心なく「うん」と頷いたり、「あ!Coccoだ!」と指差してみせる子供たちの無邪気な姿には、映画の導入部としてのとびきりのマジック・アワーを感じずにはいられなかった。僕みたいに彼女の歌声しか知らない人間でも、このワンシーンだけで心をがっしりと掴まれ、自ずと彼女の人間性へ引き込まれてしまう。

こんな微笑ましい序章で幕を開けつつも、これはCoccoの闘いの物語である(と僕は思っている)。

沖縄という地に生まれ、日本国内にある米軍基地の実に70パーセントを背負わされることを「しょうがない」と半ば諦めて暮らしてきたという彼女。2007年、普天間基地の移設問題に揺れる大浦湾に、絶滅危惧種のジュゴンが姿を現した。その模様はニュースなどにも大きく取り上げられ、人々の心を激しく突き動かした。その反応は立場によって千差万別だったろう。推進派、反対派。街は揺れる。そしてCoccoはこのとき「ジュゴンの見える丘」という楽曲を書いた。

本作はこのエピソードをきっかけに、彼女が沖縄のみならず、日本中の“痛み”を辿ろうとする旅物語である。ただし彼女が対峙するのは、打倒すべき敵でもなければ、癒しを施すべき傷人たちでもない。自分の心。それも「しょうがない」と諦める心―なのだった。

奇しくもCoccoは同じ思いを抱いた女性から手紙を受け取る。青森県の六カ所村に住むその女性は、愛する自分の村に建つ原子力施設について想いの丈を綴る。原発の他に何もない村。経済力と引き替えに痛みを背負った村。日本の豊かな暮らしと引き替えに、痛みを背負わされた村。

Coccoはステージ上からこう語りかける。

「私は決めた。“しょうがない”とあきらめるのは、もうやめよう。誰かの不幸の上に生きるのはもうやめにしよう」

正直、最初は冗談かと思う。こんな歯の浮くような言葉をよく口に出来るものだと笑う人もいるかもしれない。でも僕らの中で何かの針が振り切れる瞬間が訪れる。僕らは自分が生きることに必死すぎて、他人に対して排他的になってはいなかったか。すべての生を抱きしめてこられただろうか。または、そう必死に努力してこられただろうか。

彼女は本気だ。彼女は本当に世界を変えようとしている。そのために自分には何が出来るか、それだけをただ考え続けている。そうして発せられる言葉の数々はCoccoという個人を越えて、それを受け止めた僕らの心を、静かに、けれど根底から突き動かし続けるのだ。

彼女はひめゆり部隊の生き残りにも呼びかける。大勢の仲間を亡くし、自分たちだけ生き残ってしまった女性たち。彼女たちの多くは死者たちに申し訳ないという気持ちを抱えながら生を重ねてきたという。

Coccoは彼女たちの生を精一杯に肯定して、ステージ上から呼びかける。

「ひめゆりのオババたち!」

客席で一列に並んだオババたちはとびきりの笑顔で手を振って返す。

日本中の痛みと痛みが出逢い、そこで奏でられる言葉、そして音楽が、現代を生き抜くために必要なとてつもなく強靱な“生の肯定”となって広がっていく。

是枝監督は毎回まったく違う方法論で映画を紡ぐことを自分に課しているという。これまでも脚本を用いず、ドキュメンタリー・タッチで撮影を進め、そこで生まれた特殊な空気をフィルムに納めることが多かった。しかしフィクションとドキュメンタリーの違いこそあれ、本作においてもその真摯なまなざしは一向に変わらない。結局のところ、この『大丈夫であるように』もこれまでと全く同じ延長線上にあったのだと、強く思い知らされる。

『幻の光』『ワンダフルライフ』『ディスタンス』『誰も知らない』『花よりもなほ』『歩いても 歩いても』といった是枝印の作品群の主役に、いま新たにCoccoが加わった。

そして本作はひとりのミュージシャンのポートレイトという枠組みを超え、Coccoと是枝裕和のコラボレーションが放つ、現代日本に向けての崇高なメッセージにまで昇華している。それは2008年というこの節目にしか発し得なかった貴重な1時間47分だ。ぜひ彼らの思いに触れてほしい。この暗い世の中を私たちなりに照らす術を、考えてみてほしい。

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大丈夫であるように―Cocco 終わらない旅―
監督:是枝裕和
出演:Cocco、大村達身、高桑圭、椎野恭一、堀江博久
(2008年/日本)クロックワークス

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