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2008/12/06

『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』

 映画が世に出るタイミングとは奇妙なものだ。これまで幾度も企画が浮上しては消えてきた本作は、結果的に「監督デビッド・フィンチャー、主演ブラッド・ピット」という『ファイトクラブ』仕立ての黄金の冠を手にすることで具現化に向けて加速をはじめた。そして細部にまで及ぶ入念なCGの仕上げ作業を終え、遂に完成の目処がたってあたりを見回してみると、狙ったわけでもないのに世界中が金融危機の真っ直中。

 僕らはここで、フィンチャーでもブラピでもなく、いやがおうにも原作者のフィッツジェラルドに想いを馳せててしまう。ちょうど彼が脚光を浴びた時代にも金融恐慌が巻き起こった。晩年、没落の一途を辿ったこの作家の著作は、その多くが読者から「判然としない」とされながらも、人生の節目に読み返したとき思わぬ悲哀が胸をえぐる不思議な感触が評価された。結局のところ良作か否かは歴史が証明する。後に人々は言った。「これぞ人生だ」と。

  『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』の原作は短編とのこと。エリック・ロスによる脚色がこの世界観を2時間40分の超大作へと膨らませる中で、僕らはまたしてもひとりの人間が時代を俯瞰していく映画が生まれたのだな、と確信する。『フォレスト・ガンプ』(これもエリック・ロスによる脚色だった)や『海の上のピアニスト』と同じ系統に属するかも知れない本作、見終わったあとに出る一言もやはり同じ。「これぞ人生だ」。

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 とある病院の一室。ハリケーンの近づく中、いまにも息を引き取りそうな老婆の口からは次から次に記憶の断片があふれてくる。そしてベッドに付き添う娘に向けて、ひとりの男の子の誕生を物語る。第一次大戦が終わったその日、街の歓声の只中で生まれた子供、彼こそベンジャミン・バトンその人だった。

 すべては冒頭の「逆回転時計」が仕掛けた魔法なのだろうか。出産時の出血多量により母親は死に、その胎内からは80歳の風貌をした赤ん坊が産声を上げた。妻を失い、奇異なる幼子を手にした父親は絶望の淵に街をさまよった後、その子を老人ホームの玄関先に置き去った。

 ベンジャミンの新たな生活が始まった。しかしそこは人間の終の棲家。気の良いお年寄りたちはやがて順を追うように次々と天に召されていく。残り香のような記憶だけを残して。そんな中、ベンジャミンの肉体だけは老いるどころか、逆にひとつ歳を重ねるごとに若返っていく。そしてすっかり60歳くらいの風貌(つまり正式な年齢的には20歳くらい)にまで成長した彼は、このなじみの家を出ることを決める・・・。

 今回ファンタジーという境地に挑んだデビッド・フィンチャーは、ILM出身というキャリアもあって、子供の体格ながら顔だけはブラピだったり、ケイト・ブランシェットが華麗にバレエの回転技を披露したり、あるいは鏡張りのバレエ教室のいったいどこにカメラを仕掛ける余地があったのかと問いただしたくなる驚愕の撮影、その他、あらゆるシーンの端々に世にも幻想的な映像をふんだんに取り入れてくる。が、そのいっさいがこれ見よがしではなく、観客の意識に届くか届かないかくらいの些細なディテールに属するものだ。『007/慰めの報酬』のマーク・フォースターが語っていた「あくまでストーリーを語るためのアクション」とのコメントと同じく、ここでも「ストーリーを語るための特殊技術」が貫かれている。

 そう、すべてはひとりの人間に巻き起こった"The Curious Case"を描くための“手段”なのだ。

 ベンジャミンは80歳にはじまり0歳で幕を閉じるという不可思議な生涯をひとり生き抜いていく。彼は障害者でもなければ、特殊能力者でもない。フォレスト・ガンプのように自身の力で未来を切り開こうとするわけでもなければ、1900(ナインティ・ハンドレッド)のように生涯を船の内で終えるナイーヴな存在でもない。言うなれば、冒頭の「逆回転時計」がこの世に精霊として降臨した姿、とも言えるのかも知れない。

 「もしもあのとき・・・」そんな後悔の言葉など、彼の“逆回転人生”には通用しない。ベンジャミン・バトン、彼の生を綴った2時間40分はいったい何だったのか。それは生まれた時からカウントダウンのはじまる人生。愛する人とほんの一瞬しか併走できない人生。精神年齢と身体とがパラレルに結びついた人生。しかしベンジャミンはその運命について神に問いただすことも無ければ、超常的な力が彼に奇跡をもたらすこともない。

 人生はただ海のように広いキャンバスを彼の眼前に提示しつづける。孤独があった。戦争があった。激しい愛があった。旅があった。そのあまりの浮き沈みのなさに中盤なかだるみさえ感じるが、それもまた人生。

 誰かが意味深げに語る。

 「人間、来るべきときが来れば、お迎えがやって来るのさ」

 その言葉は時間と場所を越えて、やがて後悔の淵に佇む人間の心を静かに照らすことだろう。でも僕にはよく分からない。それほど人生を逞しく生き抜いたわけでもないし、「メメント・モリ」の考え方をよりよく実践しているわけでもないから。

 正直、見終わった後は「判然としない」状態が続いた。

 でもあれから3日経ってみて、僕の中でのこの映画が少しずつ変わりつつあることに気づいた。『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』のいくつかのシーン、いくつかの言葉が脳裏に焼き付いて離れないのだ。

 フィッツジェラルド読者の慣習にならって「これぞ人生」と賞賛してもみたいのだが、いまはまだそこまでには至らない、未熟成の状態だ。

 なんだかこの映画とは良くも悪くも生涯にわたって付き合わねばならないような、そんな気がしてならない。

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ベンジャミン・バトン 数奇な人生
"The Curious Case of Benjamin Button"
監督:デビッド・フィンチャー
出演:ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ジュリア・オーモンド、
ジェイソン・フレミング、イライアス・コーティーズ、ティルダ・スウィントン
(2008年/アメリカ)ワーナー・ブラザーズ映画

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