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2009/01/22

『007/慰めの報酬』

 冒頭から鮮烈だ。ただ静かに始まる。静かにカメラが寄っていく。すると山間部を走る車体が目にとまる。速い、激走している・・・と気づくや否や、スクリーンは爆音に見舞われ、怒濤のカーチェイスが雪崩れ込んでくる。誰が?何のために?とにかく激烈にぶつかり合い、後ろから追いすがった車体は、スピンして大破していく。そしてトンネル内でのクラッシュに次ぐクラッシュ。明らかにあの映画のクライマックスを意識した作り。そう、『ボーン・スプレマシー』だ。「以下、本作ではアクション文法をこのように定義する!」と言わんばかりに、『007/ダイ・アナザー・デイ』氷上チェイスとは似ても似つかぬ肉弾戦が繰り広げられていく・・・。

 すでに各方面で伝えられているとおり、本作は『カジノ・ロワイヤル』のラスト1時間後に直結する。シリーズ初となる「続編」として、何ら「のりしろ」を残すことなく、あっけに取られるくらいの潔さで単刀直入に突入していくわけである。前作をよく覚えていないあなたはDVDで復習してこなかったことを後悔するだろう。いや、そんな暇すらあるものか。ストーリーはカーチェイスに負けないくらいに猛スピードで展開するのだから。『慰めの報酬』の上映時間はシリーズ最短クラス(調べてみたところ第1作の『ドクター・ノオ』のほうが1分だけ短い)の106分。だが、その1分1秒あたりに詰め込まれた情報量を換算すると、おそらく本作が最高密度を記録するのではないだろうか。

 『カジノ・ロワイヤル』で死んだヴェスパーの過去。彼女を操っていた世界的組織の実態。慈善事業の裏側でひと儲け企む環境NPO団体。英国諜報部MI6、米国CIA、前作に続いて謎の男マティスの登場・・・

 舞台はイタリア、イギリス、オーストリア、メキシコ、チリと目まぐるしく変わり、登場人物の相関図は複雑性を増す。しかし複雑な設定であるほどストーリーはシンプルであることが世の中の常というもので、『007/慰めの報酬』もつまりは『カジノ・ロワイヤル』で仕掛けられたいくつもの伏線の発火点として、アクションにしろドラマにしろ、ありあまるほどストレートな動的実態を伴って迫ってくる。それもこれも思いがけなく監督に抜擢されたマーク・フォースターと彼を支えるキャスト、スタッフの総力戦の賜物と言えるだろう。

 そもそも『カジノ・ロワイヤル』のマーティン・キャンベル監督に比べて、マーク・フォースターはアクションを描いた経験がほぼゼロに等しい。ボンドのミッション以上に失敗の許されない映画製作においてフォースターに白羽の矢を立てた首脳陣の決断には破格の勇気が伴ったに違いない。

 けれどこうも考えられる。実際、007映画はシリーズ21作分にも及ぶ独自のノウハウと、経験豊富なアクション・スタッフをわんさかと抱えている。脚本には前作同様、ハリウッド随一のストーリーメイキング王ポール・ハギスも参加しているのだし、そこで「カーアクション」「スカイアクション」と指定されさえすれば、細かなディテールはチームで緻密に構築していくことが可能なわけだ。

 肝心なのはそうして集められた部品の数々をどうやって織りなしていくか、に尽きる。ここでフォースターが駆使してきた映画文法が生きてくる。『チョコレート』から『君のためなら千回でも』まで一貫して心の痛み、喪失感といったものを紡いできた彼だからこそ提示することのできるビジョンが『007/慰めの報酬』には見事に核として息づいている。

 そうやって織りなされた本作には、かねてからの目論見どおり、ボンドが一本の線に沿って運命に導かれていく様子が入念に描かれている。ボンドが辿る道程には女帝Mがあわてふためくほどの無数の屍が積み上げられていく。いまや彼の頭にはたったひとつの問いしか存在しない。彼女の愛は本物だったのか?その答えに向かってボンドは猛進する。その想いの強さは、破格のアクション・シークエンスさえも彼の内に燃え上がる炎のメタファーと化し、それでこそ冒頭のカーチェイスの意味も理解できるというものだ。

 ポーカーフェイスを脱ぎ捨て、沸々と煮えたぎる感情に突き動かされ暴走していくボンドの姿には、『君のためなら千回でも』のクライマックスで、胸に刻まれた想いを清算するためにアフガニスタンの中枢へ乗り込んでいく主人公の姿が重なってやまない。いや彼のみならず、フォースター作品の主人公たちは皆、失った大切ななにかを精神的に取り戻すために痛みを背負って試練に身を投じていく。

 あまりあからさまに書くべきでないが、マーク・フォースターはかつて自殺した兄の影響もあり「死」や「喪失感」の描写に対して人一倍こだわりを持ってきたという。果敢にジャンルを横断しつづける彼のこだわりは、残された者が果敢に「生」を探し求める旅でもあるのかもしれない。そしてフォースターが抱えてきたそれらの感情に重なるように、ダニエル・クレイグも本作について「ある意味、60年代ボンドに回帰したといえる」と語っている。ベトナム戦争と反戦運動、そして公民権運動という国内外で多くの血が流された時代に求められた中身のアクション・ヒーローが、いま再び求められているのである。

 時代は旋回する。007映画シリーズがスタートしてから50年近く。ジェイソン・ボーンが「点」ならば、ジェームズ・ボンドは「線」としてこれからも時代と共に変化することの許されたキャラであり続けるのだろう。しかし現時点において、これほど痛みを抱え、血も流し、つまりは“人間”として魂を宿したボンドは初めてだと断言できる。
 
 とりわけマティスとボンドのセリフには残された者たちの哀愁が漂い、泣ける。そして感情の発火点たるアクションでも泣ける。アリシア・キーズとジャック・ホワイトのテーマ曲はシリーズ最強のカッコ良さでこれまた圧倒されて泣ける。どうしてこんなに泣けるんだろう・・・とぼやきつつも、別に「泣ける映画」だからって絶賛してるわけじゃないんだぜ、ととりあえず念を押しておく。

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●ボンドご一行様の来日記者会見の模様はこちら

007/慰めの報酬
監督:マーク・フォースター
出演:ダニエル・クレイグ、オルガ・キュリレンコ、マチュー・アマルリック、
ジャンカルロ・ジャンニーニ、ジェフリー・ライト、ジュディ・デンチ
(2008年/イギリス=アメリカ)ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
1月24日より丸の内ルーブルほか全国ロードショー

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