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2009/01/12

『チェ 28歳の革命』

 チェ・ゲバラことエルネスト・ゲバラ・デ・ラ・セルナの歩んだ劇的な人生、感動の大河ドラマに触れられると劇場へ足を運んだ人たちは意表を突かれることだろう。というのも『チェ 28歳の革命』はゲバラについて何も知らない人が軽々しく接続するのを阻む作りを成しているからだ。

 この映画は華麗な“ストーリー”、脚本的な巧さを持ち得ているわけではない。そんな技巧はすべて捨て去り、なんの能書きもなく、半ば唐突に幕を開ける。1964年にキューバ革命政府の代表としてゲバラがニューヨークの国際連合本部で歴史的演説を行う過程をモノクロームで描く一方、1955年、アルゼンチン人のゲバラとキューバ人のフィデル・カストロがメキシコで初対面を交わし、意気投合し、初めは“医師”として80数名に昇る仲間たちとグランマ号でキューバに上陸していく姿がカラーで描かれていく。

 仲間と共に行軍する中で、ゲバラは医師のみならず戦士としての、そしてリーダーとしての才覚をすぐさま発揮し、カストロによってコマンダンテに任命される。人一倍に正義感が強く、他人にも自分にも厳しい。危険な任務には自ら率先して飛び込んでいく。勇敢、かつ無鉄砲。あまりに易々と生命を投げ打とうとする様に、カストロが「お願いだからやめてくれ」と懇願したほどだとか。

なぜ異邦人の彼にここまでの行為が可能だったのか?「モーターサイクル・ダイアリーズ」で徐々に醸成されていく想いが記されているように、彼にとってラテン・アメリカは文化的にも地理的にもひとつだった。国境など何の意味も成さなかった。彼は果敢に越境した。虐げられた人々の解放のために彼は闘った。ゲバラは負傷兵を決して見捨てなかった。必要ならば負傷した敵兵にも助けを施した。子供たちには読み書きを教えた。時折こどものような笑顔を見せた。地位や名誉に甘んじることを最も恥じた。どんなに過酷な状況に身を寄せていても日々ノートに日記を書き留めた。

 映画とはウィキペディアのような情報玉手箱とは一線を画すものだ。その点、本作はこれまで数々の著作からは伺い知ることのできなかった、とことんリアルな革命の空気を醸成することに徹している。だからこそ、その展開があまりに淡々としていることも否めない。僕が試写した際にはいくつもの居眠り音が聞こえてきた。なにしろ叙情的なサウンドトラックもなければ、革命軍がどこをめざしているのか、ゲバラの精神を支えた核は何だったのか、それらの基本事項さえ提示されることはないのだ。その意味では他のハリウッド的な英雄伝とは真逆の方向性を持った作品と断言できる。

 ゲバラが愛したポポカテペトルへの登山にたとえるなら、これはいわば「5合目から始まる映画」だ。それでいてゲバラがその山の頂を一度も踏みしめるすることが叶わなかったように、そもそもこの映画に「ゴール」や「正解」などは存在しえない。そのリスクを充分熟知した上で、主演のベニチオ・デル・トロと監督のスティーヴン・ソダーバーグは観客に向けて「はやくここまで登ってこいよ」と手を振って呼びかけているかのようだ。

 そもそも「チェ」とはゲバラのニックネームだった。アルゼンチン出身の彼は会話の中でよく「チェ(ねえ、あのね)」と語りかけたという。友人たちはこの口癖を笑い、いつしか親しみを込めてこの異邦人を「チェ」と呼ぶようになった。

 ゲバラ特有の“語りかけ”がそのまま彼の愛称となり、それはいま、映画のタイトルとして世界中の人々へ向けた呼びかけと化した。人と人とを繋ぐ挨拶のような関係性がこのタイミングで現代に蘇るのにはそれなりの運命的意図があるはずだ。観客はそれぞれに問題意識を携えながらこの映画に接するべきなのだろう。そしてこの映画に感動したであれ、落胆したであれ、ゲバラについてもっと知りたくなったであれ、まずは自分なりの言葉で身の回りの誰かに積極的に語りかけるべきだ。そこから見えてくる風景が必ずあるはずなのだから。

 『チェ 28歳の革命』はそんな映画だ。

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チェ 28歳の革命
監督:スティーブン・ソダーバーグ
出演:ベニチオ・デル・トロ、デミアン・ビチル、サンティアゴ・カブレラ、
エルビラ・ミンゲス、サンディノ・モレノ、ロドリゴ・サントロ
(2008年/スペイン=フランス=アメリカ)ギャガ・コミュニケーションズ=日活

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