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2009/01/03

『永遠のこどもたち』

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 商品価値、信頼関係、あらゆるものがバブルに思えてしまいがちな金融神話崩壊後の世界情勢で、「スティーブン・スピルバーグ総指揮!」や「タランティーノ・プレゼンツ」という売り文句がどれほど映画ファンへの訴求力を発揮するのか皆目分からないことになっている。彼らには製作ではなく監督を担ってもらいたい。単純な消費者心理でいくとそれが本音ってものだ。

 では『永遠のこどもたち』はどうか。『パンズ・ラビリンス』『ヘルボーイ』のギレルモ・デルトロが製作総指揮だからといって、あの唯一無二のデルトロ色を期待して劇場に足を運ぶのも筋違いな感じがする。結局僕らはこの映画の、一見、神秘性さえ漂わせたポスター・アートに、ファンタジーなのかホラーなのかその線引きが難しいところの「いわゆるデルトロっぽさ」を感じながら、作品世界の内側へと深く深くいざなわれていくこととなる。

 主人公となるのはひとりの女性ラウラ。

 夫と幼い息子と幸せな家庭を築いきてきた彼女は、かつて自分が育った孤児院を引き取ろうと考えている。大がかりな引っ越し、そしてオープニング・パーティー。彼女の新たな人生が船出を迎えたかと思いきや、気がつくと息子の姿が見えない。

 広い屋敷内を必死に捜索してもその消息は掴めず、愛息は文字通りの神隠しにあってしまった。そういえば引っ越し後、息子は奇妙なことを口走っていた。自分と同じ年頃の友だちが見えるとか。この屋敷でいったい何が起きているのか?そして彼女は息子を見つけ出すことが出来るのだろうか・・・?

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 この映画の6割はごくありふれたホラー・ファンタジーの様相で満ちているが、残りの4割でこのジャンルの新たな地層を掘り起こすことに成功する。それは劇中で焦燥した主人公が、息子の居場所を突き止めるべく霊能力者の力を借りる場面で鮮明に打ち出されていく。

 あのチャールズ・チャップリンの娘(ジェラルディン・チャップリン)が演じる奇妙な老婆とその仲間たちは自分たちの方法論として「ユング」の名を引き合いに出す。あの名高い心理学者カール・グスタフ・ユングである。霊能力者によると、人間の深層心理には得体の知れないものが存在すると言う。そして意識をそこに入り込ませることによって霊的な世界と交信が計れると言うのである

 少しでも心理学をかじったことのある人ならばご存じのことと思うが、ユングは「無意識」の闇を解明しようとした人だ。「意識」という名の玄関の扉をひらいて潜り込むと、まずそこには「個人的無意識」の層が現れ、そのまた向こう側に「集団的(普遍的)無意識」が存在する。

 ユングが「ある夢の話」を書き留めている。うる覚えで申し訳ないが、それは要約してこんな内容だった。

「夢の中で、私は見たことのない家にいたが、それは自宅の2階のようだった。階段を下りて1階に降りた。それから穴を掘ってその下を探ると、誰のものか分からない2つの頭蓋骨が見つかった」

 僕は『永遠のこどもたち』の持つ輪郭線がこの「夢の話」に似ていると思った。母親は幼子を捜し求めて屋敷内を右往左往する。そこは無意識とも呼ばれる境地。その過程の中で屋敷に潜む霊的な存在に驚愕したり、孤児院にまつわる忌まわしい事件についても知るだろう。そして辿り着いた最下層の部屋で、彼女はずっと探し求めていたものを抱きしめることになる

 ユングは夢の中で掘り当てた頭蓋骨こそが「集団的無意識」だと捉えている。それは人格を越えたあらゆる無意識に内在するもの。とすると、ラウラが最後に抱きかかえるのも彼女の個人的事情を越えた「集団的」であり、「普遍的」な存在ということになる。つまりこの瞬間に『永遠のこどもたち』は、個人の領域を越えてすべての観客によって抱きしめられる。それは「感動」や「愛情」であったり、あるいはどんな生命体をも貫く「母性」と呼ばれるものかもしれない。

 はじめのネームバリューの問題で言うと、本作は「ユング・プレゼンツ」とするべきなのかもしれない。否、それでは嘘になってしまい良心がとがめるのでむしろ「ユングに捧ぐ」とすべきであるが、そうすると今度は誰も見に来る人がいなくなり、「集団」と呼ぶにふさわしい観客数さえカバーできないことになってしまう。

 なので『永遠のこどもたち』において、「ギレルモ・デル・トロ製作」のキャッチは、ごく適切に使用されているわけである。と、それだけでは何なので、最後に弱冠33歳の俊英J.A.バヨナ監督が、デル・トロと同じフェティシズムを持った映像作家であることを付け加えておく。

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永遠のこどもたち
監督:J.A.バヨナ
出演:ベレン・ルエダ、ジェラルディン・チャップリン、フェルナンド・カヨ、
ロジェ・プリンセプ、マベル・リベラ、モンセラット・カルージャ
(2007年/スペイン=メキシコ)シネカノン
シネカノン有楽町1丁目、ヒューマントラスト シネマ渋谷ほかにて公開中

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