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2009/01/09

『クローンは故郷をめざす』

 ちょっと異様な映画が出現。サンダンス・NHK国際映像作家賞(脚本コンペ)を受賞し、巨匠ヴィム・ヴェンダースが自らエグゼクティブ・プロデューサーを買って出たという『クローンは故郷をめざす』だ。まさに息をするのも、まばたきすることさえも許されない。そんな幻想的、かつ世にも美しい近未来SFが、ここに産声を上げた。

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 宇宙飛行士・高原耕平(及川光博)は大気圏外でのミッション中に事故に逢い、絶命する。こういうとき、最新技術による保険が速やかに発動されるらしい。それがクローン技術だ。しかし新たに「高原耕平」として蘇ったクローンに記憶障害が発生する。脳裏に浮かび上がった情景に突き動かされ、ベッドから忽然と姿を消してしまったのだ。彼が目指す先はただ一つ。故郷。大自然に囲まれたその懐かしき場所で、彼が目にしたものとは・・・。

 本作が長編監督デビューとなる中嶋莞爾監督は、これまで『はがね』や『箱-The Box-』という短編作品で世界中の映画祭で絶賛されてきた伝説のクリエイターである。かくいう僕も上映会に足を運び衝撃を受けた経験がある。その描写、息づかい、あまりに繊細すぎる。すべてのシーンに実写なのかCGなのか分からないほどの眩い光が満ちあふれ、こちらが唾をごくりと飲み込む音さえためらわれるほどの深遠な空気があたりを覆っていた。(これらの短編の詳細についてはこちら

 はたして長編という未知なる領域に踏み込むとき、そのタッチが通用するのかどうか(短編に比べて長編ではストーリー性が求められる場合が多いからだ)。それは賭けのようなものだ。しかし中嶋監督はそんな固定観念に囚われない。序盤にこそストーリー性の胚芽、つまり説明的なものを感じるものの、徐々に短編で培ってきた感性そのままにイメージにイメージを重ね、彼独自の目を見張る映像言語が調子を上げていく。

 立ちこめる霧。耳元で微かに響く物音。振動し、共鳴しあう空気。

 小栗康平、タルコフスキーを引き合いに出すといささかやり過ぎだろうか。とにかくその美しい映像叙事詩が時の経過を消滅させ、時折、土の匂いさえ香り立つ。僕らはいまこの瞬間、クローンとともに自らも故郷を目指し歩いているかのよう。そこで対峙するのは幼い頃の記憶だ。堰き止めていた感情が雪崩のように押し寄せてくる。はたして「自分」とは何なのか?親子とは?兄弟とは?受け継がれていく生命とは?魂とは?そして、クローンとはいったい何なのか?

 たやすく生命が失われてしまう現代。たやすくリセット可能となるであろう近い未来。そんな時代に向けて本作は「生きろ」とは決して言わない。しかしクローンがクローンを背負い、過去の自分を肯定しながらとぼとぼと郷里をめざす姿を、ただひたすら描き続ける。愚直なまでに描き続ける。

 そこにはイメージに頼る過ぎるあまり観客に充分伝わりきらない部分もあるだろう。しかし僕はそこにある種の誠実さを感じ取った。自分の分身を背負い歩き続けるのは他でもない、中嶋監督自身なのではないかとすら思った。

 静謐な映像に入り込むVFX。そして鈴木清順監督作などで名を馳せる美術監督、木村威夫の仕事ぶりも見逃せない。90歳という高齢を感じさせぬバイタリティで「日常に潜むSF的風景」を巧みに取り入れ、まるで彼岸のような、祈りのような世界を築き上げている。

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