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2009/01/29

『レイチェルの結婚』

 『羊たちの沈黙』という衝撃サスペンスから濃密なドキュメンタリーまで、数々の野心作、実験作を生み出してきたジョナサン・デミ監督が、なんと「結婚式」を描く。なので、もちろん一筋縄ではいかない。

 『レイチェルの結婚』はごく親しい出席者が集まり幸福感が高まっていく中、何気ない風景の中に謎を潜ませ、些細な描写の積み重ねによって心に傷を抱えた家族の姿を浮き彫りにしていく。そしてホームビデオ風に撮られた映像が「視点とは何か?」について深い洞察をもたらす作品でもある。

 物語は姉レイチェルの結婚式のために主人公キム(アン・ハサウェイ)が更正施設を退院する場面からはじまる。喋り出すと止まらなくなる彼女。空気が読めない。二言目には不平を言い、周囲の人間を惑わせる。けれどそれをやめて押し黙ったとき、彼女は内側から押し寄せる巨大な力に押しつぶされそうな表情をする。

 自宅ではレイチェルの結婚パーティーの準備が佳境に差し掛かっている。雰囲気を盛り上げる楽団もリハーサルに余念がない。ごく親しい間柄の人々もいる。彼らと挨拶を交わすキム。人々はどこか彼女によそよそしく接する。会話の中で徐々に明かされるその理由。過去の事件。とある家族の「不在」。固まったかさぶたを引きはがすかのように、キムはまた取り憑かれたように喋る。家族は再び衝突し、押しとどめていた感情を爆発させ、慟哭する。

 しかしその試練を乗り越えさせ幸福へと舵を取って進むのが「結婚式」という題材の魅力でもある。果たして家族はどのようにこの佳き日を迎えるのだろうか?

 昨年は『クローバーフィールド』『REC』『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』など、ビデオカメラが映画の視点の役目を果たすPOV(ポイント・オブ・ヴュー)が見受けられたが、これらはもっぱらサスペンス性や臨場感を助長するための演出手段だった。しかしジョナサン・デミは本作に欠かせない中心的要素としてこの手法に魂を与える。脚本に目を通したデミ監督と撮影監督のデクラン・クインは「これまで作られた中で最も美しいホームビデオをつくろう」と合意に達したという。そこに生じるとても柔らかな触感によって導かれた作品世界をめざしたわけだ。

 映画の開始早々、僕らは主人公キムの周囲に漂う視点となり、結婚式を迎える家族の幸福な、そして幾ばくかの不安すら抱える心理状況へと、深く深くいざなわれていく。そして中盤からは、その世界観に没頭するあまり僕らはカメラの存在をすっかり忘れ、気がつくと固唾を飲んで家族の情景を見守っている。

 演出の魔法は続く。出演者はリハーサルを行わず、その場の空気に任せて自由に演技を醸成させていったという。あんなにも鮮烈で心に突き刺さるシークエンスが、その場の咄嗟の判断で織りなされていたなんて・・・。またそれにあわせてカメラも即興で動く。撮影監督のデクラン自身も出演者の一部になったかのように、醸成される空気の一部となり、共に感性を研ぎ澄まし、動いていく。庭や部屋では、リハーサル中の楽団が微かな音色を奏で続ける。それがそのまま映画の背景音楽となる。演技のみならず音楽までもが生=リアルな感触で作品を彩っている。

 本作でオスカー候補となったアン・ハサウェイはこれまでのカラーを打ち破る演技を見せるが、その他の共演陣も素晴らしい。レイチェル役のローズマリー・デウィットはもちろん、花婿シドニーを演じるトゥンデ・アデビンペの落ち着いた立ち振る舞い、そして花嫁の父を演じたビル・アーウィンのコミカルな動きにはそこに父親としての二重三重の思いが込められているだけに居ても立ってもいられなくなるほど胸を打つものがあった。

 これらの「家族」が織りなす行為のひとつひとつを、カメラはひとつひとつ丁寧に掬い取っている。この映画における最も重要なフィクションは、やはりこの映像が「ホームビデオ」であったことだと僕は確信する。そしてホームビデオには「撮影者」がつきものだ。それもごく親しい身内・・・ああ、そうか。この視点はそれほど重要な役割を担っていたのか。観客がこのことに気づいた瞬間、この映画を覆っていた「不在」の闇は一点の光を受け入れたかのように消滅していく。

 これはむしろ、いつまでも変わらぬたいせつな「存在」を描いた映画だったのかもしれない。

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レイチェルの結婚
監督:ジョナサン・デミ
出演:アン・ハサウェイ、ローズマリー・デウィット、ビル・アーウィン、
トゥンデ・アデビンペ、マーサー・ジッケル、デブラ・ウィンガー
(2008年/アメリカ)ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

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