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2009/02/27

『ザ・バンク 墜ちた巨像』

 カメラは神の眼だとよく言われるが、トム・ティクヴァの映像から感じるのはまさにそれだ。ヒンヤリと石の冷たさが伝わってくるヨーロッパの街並み。淡々と俯瞰される登場人物の運命。僕らが住む地上とはいささか次元を異にしたかのような研ぎ澄まされた静謐感に彩られ、『ラン・ローラ・ラン』『ヘヴン』『パフューム』をはじめとする主人公はみな、神の定めたルールの前にそれぞれの運命を粛々と遂行していった。

 そんなティクヴァが本格的なサスペンス・アクションに挑戦した。主人公はインターポールの捜査官。彼がその鋭い眼光で睨み付けるターゲットは、世界の権力を牛耳るべく違法行為に手を染めるメガバンクだ。その闇は深い。真実に近づいた者はすべて消され、証拠は隠滅。そして捜査側にも根回しが施され、上層部によって事件自体が無かったことにされていく。

 その冒頭から衝撃的だ。ドイツ、ベルリン中央駅。インターポールのサリンジャー捜査官(クライヴ・オーウェン)とニューヨーク検事局のシューマー調査員は、ここで巨大銀行に関する重要な証言を入手するはずだった。

 しかし内部告発者との接触後、シューマーの脇を「後ろ姿の男」がすり抜けていくと、次の瞬間、シューマーが卒倒。咄嗟に駆け寄ろうとするサリンジャーの身体を走行中の車両が跳ね飛ばす。スクリーンは暗転。続いて明滅する光の合図と共にこの映画は息を吹き返し、仄かにタイトルを浮かび上がらせる(このタイミングの巧さに鳥肌が立った)。

 "The International"

 それが本作の原題である。いまどき小学生でも知っているその言葉。だが考えれば考えるほど日本語訳が難しく、その意味も広大で曖昧だ。

 ゆえに本作は邦題を『ザ・バンク/墜ちた巨像』と改めてはいる。なるほど、サスペンス・アクションとして見たときにこの邦題のほうが絶対的に観客への訴求力を持つ。昨今の金融危機に関連づけて論じられたりもするかもしれない。しかし本編を見終わった後にひしひしと感じるのは、巨大企業の陰謀よりも、まさに"The International"といったイメージなのだった。

 国境を越えて交わされる取引。そこにうごめき、奔走する人々。この映画は世界を舞台に、まるでチェスの駒のように入り乱れた世界観を提示する。

 もはや悪の根源とは一カ所にとどまるものではない。クライマックスになると誰かが「フハハ、わたしが黒幕だ」と用意周到に登場するのはリアリティとは言わない。すべては繋がっているのであり、悪が消滅すると、また次の悪が頭角を現す。そうして国と国、文化と価値観を越えてまで手を携え拡大していく不気味な波。またそれをどうにか打破しようとする捜査網、あるいは強靱な覚悟を持った人々がいる。彼らの信念もまた、国境を越えて繋がっている。

 だが、ティクヴァはこの場で正義の鉄槌を下す気はさらさらないようだ。ここでは世に言う悪人たちさえも、数少ないシークエンスによって陰影深く描かれていく。眉間に皺を寄せ、劇画のように悪を追い詰めていくクライヴ・オーウェンも確かに良いが、悪人側の男たちも捨てがたいのだ。

 巨大銀行の頭取は佳き家庭人のようだ。彼は夕食の準備が進められる自宅のリビングでごく平然と武器取引に関するインターネット会議に着手したりもするし、会社の経営に行き詰まると、自分の帝王学を授けし幼い息子に「こんなときお前ならどうする?」と問うたりもする(そして息子も実に意味深な答えを返すのだった)。

 疑惑に近づく者を次々と抹殺する「後ろ姿の男」も実に魅力的だ。国境を越えて淡々と任務を遂行するこの男。特徴がない。監視映像にほんの一瞬だけ後ろ姿をさらすことはあっても、そのあまりの特徴の無さに「どうやって探せっていうんだ!?」と捜査員を狼狽させる。

 その彼を起点とした本作のハイライト、ニューヨークのグッゲンハイム美術館における激しい攻防は、ここ十年で最高級のドラマティックな銃撃戦に仕上がっている。

 ただし、それらの魅力的なシーンにおいても、カメラの目線は常にフラットであり、冷徹なまでの客観性で被写体を見つめる。そこでは正義や悪といった倫理観を超越して、世界を右へ左へ奔走するちっぽけな人間の姿があぶり出されていく。そこで立ち上る"空しさ"と"希望"のせめぎ合いが深い余韻を残す。

 これがトム・ティクヴァの描くサスペンス・アクションなのだ。サリンジャー捜査官を主人公として描かれた本作はひとつの可能性でしかない。ティクヴァの手によれば、世界を危機に陥れる悪人たちを主人公にこの物語を編纂しなおすことだって可能なのかもしれない。かつて連続殺人鬼を主人公に『パフューム』という驚愕の世界を描いたように。

 正直言うと、展開的に「あれ?」と思う部分もあるにはある。各キャラクターに焦点を当てるあまり全体像が見えづらくなるネックもある。この物語のスケールを的確に伝えるためには2時間以上は必要だったかも知れない。

 だが、たったそれだけの理由で良作の座から引きずり下ろすことはできない。

 なにせこれは、鬼才トム・ティクヴァの到達点であり、通過点でもあるのだ。ハリウッド映画とはかなり気色を異にした本作の実に特殊な温度に触れたとき、あなたの背中にも少なからず電流が走るはず。恐らくその瞬間にこそ、テイクヴァの真骨頂が巻き起こっているはずなのだ。

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ザ・バンク 墜ちた巨像
監督:トム・ティクヴァ
出演:クライヴ・オーウェン、ナオミ・ワッツ、アーミン・ミューラー=スタール
(2009年/アメリカ)ソニーピクチャーズエンタテインメント

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