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2009/03/06

『ウォッチメン』

80年代に出版されセンセーションを巻き起こした伝説的グラフィックノベルが遂に映画化。

そのポスターや予告編を目撃した人たちは、また新たなヒーロー物がこの世に降り立つのかと、ヒーロー飽和状態の映画界を嘆くかもしれない。

たしかに“ウォッチメン”はヒーロー連合体だ。バットマンにも似たナイトオウル、トレンチコートに不気味なシミ付きマスク姿のロールシャッハ、青色発光体のDr.マンハッタン、デヴィッド・ボウイと見まごう美形のオジマンディアス、紅一点のシルク・スペクターと、キャラクターには事欠かない。

しかし普通のヒーロー映画だと思って臨むと強烈なカウンターパンチを食らうことになる。なにしろ『ウォッチメン』は80年代のアメリカを舞台にしたミステリー。そのフィクショナルな状況下では、あらゆるヒーローたちが政府によって強制的に「引退勧告」を突きつけられている。

スーパーヒーローの“リタイア”。

・・・かつてこれほど衝撃的な言葉があっただろうか?

ボブ・ディランの名曲"The Times They Are A-Changin'"がノスタルジックに映画の幕開けを宣言する。タイトルバックに映し出されるのは、古きよき時代のアメリカ。“ヒーロー”という概念が生まれ、民衆に尊ばれていた頃の"ZBAAAN!!""DOKAAAN!!"と実に和やかな光景だ。

しかし時代は音を立てて変わった。あるヒーローは体力の限界を感じて引退を表明し、またあるヒーローは精神病院へ。しょうがない、彼らも人間なのだ。そして遂に新しい世代が鳴り物入りで登場する。そう、彼らこそが“ウォッチメン”!!

しかし彼らほど正義の定義が混濁する生きにくい時代に生まれた不遇なヒーローはなかった。彼らの活動期はキューバ危機、ベトナム戦争、公民権運動、冷戦・・・と言った具合にアメリカ流の「正義」が世界中でドス黒い血を流してきた時代と一致する。

作品を彩るスマイル・バッチに騙される事なかれ。ウォッチメンはアメリカ現代史の至る所で不気味な暗躍を続けてきた。それぞれが「正義」と信じるものを妄信的なまでに貫きながら。そしていま彼らにパラノイアが襲いかかる。社会はいつしか下降線を辿り、核時計はまた一分その長針を進める。そして1977年、ヒーロー禁止令が発動。いまやヒーロー不在の街角には、掃きだめのごときカオスが不作法に横たわっているのみとなった。

そして、とある殺人事件が発生する。被害者はかつてヒーローだった男・・・

かつて『ダークナイト』ではバットマンが純粋悪(ジョーカー)に対抗する“暗黒の騎士”となることを自らに課したが、ウォッチメンも同じように気の狂うほどの苦しみをを背負って生きていく。彼らはとうに覆面を脱いで自由になった者たちだが、しかし覆面をぬぐことで逆に個性を滅してしまった者たちでもあるかのようだ。はたして彼らが選び取る未来とは?正義とは?そしてウォッチメンの信じる正義が暴走したとき、誰が彼らを止められるのか?

"Who watches the Watchmen?"

このように『ウォッチメン』は複雑きわまる世界情勢をヒーロー界へと投影することで、かつてのベトナム戦争から冷戦へと受け継がれていった“正義”の迷走を巧みにあぶり出す。

さらに僕らは80年代に書かれたこの原作が、9.11以降の現代史にもありあまるほどの訴求力を持つことに深い衝撃を受けるだろう。ディランは「時代は変わる」と謡ったが、結局のところディランの予言どおり時代は豹変し、なおかつ何度も「繰り返す」のである。

実は、これまでテリー・ギリアム、ポール・グリーングラス、ダーレン・アロノフスキーといった鬼才陣が本作の映画化に挑戦しては消えていった。そして遂に、念願の偉業を成し遂げたのは、『300 スリーハンドレッド』の俊英、ザック・スナイダー監督だった。

すでに『ドーン・オブ・ザ・デッド』、『300』で実証済みのその圧倒的なヴィジュアリティは、今回もあまりに鮮烈に突き刺さる。ストップモーションを駆使した目の覚めるようなアクションシーンが駆け抜けたかと思うと、次の瞬間には「R-20」の戦慄をも見せ付け、挙げ句の果てにはヒーロー物にあるまじき艶めかしいベッドシーンまで克明に描く。もちろんディテールへのこだわりにも手を抜かない。70~80年代のヒット曲(オジマンディアスのオフィスでtears for fearsの"Everybody Wants to Rule the World"のインストが微かに流れているシーンなんて極めて示唆的だ)。風に吹き飛ぶ新聞紙。壁への落書き。どこをどう切り取っても、2時間43分、実に膨大で緻密な情報が埋め込まれている。

観るたびにまた新たな発見を提示してくれるこのミステリー超大作。ザック・スナイダーも「3回は観てほしい」と語っているらしいが、覚悟していてほしいのは、間違っても悪役を倒して清々しい気持ちになる類の映画ではないということだ。観客に必要なのは、混沌から目を背けずにスクリーンを見つめられる勇気、そしてこのアメリカ50年史をまた別の角度から俯瞰しようとする知的好奇心・・・といったところかもしれない。

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ウォッチメン
監督:ザック・スナイダー
出演:ジャッキー・アール・ヘイリー、パトリック・ウィルソン、ビリー・クラダップ、
マリン・アッカーマン、マシュー・グード、ジェフリー・ディーン・モーガン
(2009年/アメリカ)パラマウント ピクチャーズ ジャパン

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