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2009/03/25

『路上のソリスト』

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長編デビュー以来、『プライドと偏見』『つぐない』と文芸作品の続いた英国の俊英、ジョー・ライト監督。彼の卓越した手腕は、それらの原作に漂うクラシック性を逆手にとり、目の覚めるような語り口で現代に生きる観客へと照射してくれる。

僕らは『プライドと偏見』の冒頭でカメラが主人公から離れ、家屋を自由自在に漂っていく様に驚かされたし、舞踏会で次々と部屋を移動していく長回しでは、カメラの裏側で行われているであろうキーラ・ナイトレイの全力疾走に鼓動が高鳴るほどの動的興奮を覚えた。そして『つぐない』。この映画でカメラは、海岸線に集結してきた兵士たちを捉えるべく主人公の身をふわりふわりと離れ、切れ目なく移動を続けていく。

魂の浮遊を思わせるこのカメラワークの静謐さは、これが長回しであることすら忘却させ、むしろ「移動していくカメラ、越境していくカメラ」こそがジョー・ライトの真骨頂なのではないかと感じたものだった。

そんな彼が長編3作目として写し撮ったのは現代のアメリカ。これは路上のバイオリン弾きと大手新聞社のコラムニストとの心の交流を描いた物語である。

オープニングのロゴが明けた瞬間、この映画はなにやら不可解な「ギュン!」という不可解な音で幕を開ける(この音は本作のラストの音と呼応するようになっているのでお耳のがしなく)。

回転する自転車の車輪、全力でペダルを漕ぐロバート・ダウニーJr.の姿、印刷工場の輪転機、刷り出されていく朝刊・・・L.A.タイムズ紙のコラムニスト、スティーヴ・ロペスの朝が始まる。街中を走行し、気がついたことがあればテレコの録音ボタンを押す。それらはコラムの材料となる。もちろん良い素材であれば、の話だが。

ある日、彼はひょんなことから公園のベートーベン像の前でホームレスの男と出逢う。たった2弦しかないバイオリンを器用に弾く彼はどうやら精神を病んでいるようだった。

互いに名乗り合い握手を交わす彼らだったが、とりとめもない会話の中でロペスはナサニエルがジュリアード音楽院に在学していたことを知る。前途有望な音大生だったはずのナサニエルにいったい何があったのか。ロペスは彼の半生について取材を進めつつ、自身のコラム欄で「路上のソリスト」の存在を紹介し、暗い時代にともる灯りのように読者の心を惹きつけていく・・・。

短髪に髭を蓄えたロバート・ダウニーJr.(一見、誰だか分からない)。奇妙な髪型で『Ray』に続いての天才音楽家(ただし本作は“路上の”が付くが)を演じるジェイミー・フォックス。ふたりの絶妙な掛け合いを観ているだけで充分楽しめる作品ではある。

しかしこれがジョー・ライト作品である以上、この現代劇をいったいどういった趣向で映像化したのかにも注目してしかるべきだ。「移動するカメラ、越境していくカメラ」はどういう具合に発揮されているのか。

興味深いのは、この若き巨匠がストーリーラインをはみ出すかのように果敢にL.A.の“現在”を描こうとも画策している点だ。彼のアウトサイダー的視点がロペス特有のコラムニストとしての視線と一致するとき、カメラはダウンタウンのスラム街へと侵入していく。ここでおびただしい数の路上生活者が笑いと涙と犯罪と死にまみれて暮らす様をカメラが平面に移動しながら活写していく。

かと思うと、いつしかカメラは羽根を得たかのようにふわりと跳躍し、この眠らぬ街をゆっくりと俯瞰して見つめていくのだ。

加えて、今回のカメラは、本来不可視なはずの「音楽」を具現化するという荒技にも挑戦する。

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ナサニエルが交通量の多いトンネル脇で楽器を奏でるとき、周囲の喧騒は瞬く間にかき消え、観客は音色がL.A.上空へ向けてみるみる舞い上がっていくのを体感するだろう。ときには鳩と共に音符のごとくリズミカルに羽ばたき合いながら、その視点はあらゆる境界を越えていく。

そしてナサニエルが音楽に想いを馳せるとき、越境するカメラはついに彼の精神世界にまで踏み込んでいく。音楽家としての彼の感性は極めて独特だ。意識を地球上ではなく宇宙空間にまで解き放つことによって、敬愛するベートーヴェンの音楽性と心を通わせようとする。そのうえナサニエルが交響曲第3番「英雄」を体感する場面になると、音色はおびただしい光の洪水となって、スクリーン上をまばゆく席巻する。

この映像に「なんだこりゃ?」と訝る観客もいるだろう。だがジョー・ライトは批判を承知のうえ、このシーンにおいて自身の個人史の中で最大規模の跳躍に挑んでいる。その視点の先には、もはや「永遠」とか「普遍」という概念しか存在しえないのではないか、と思えるくらいに。

華やかさはない。ストーリーも一言で「オッサンたちが友情を深める」物語だ。『プライドと偏見』『つぐない』に比べると、それほど劇的な世界観を持った作品ではないかもしれない。

しかし、その視点の動きについて言えば極めて「劇的」だ。主人公の心に寄り添いつつも、ときにダイナミックな跳躍を魅せるカメラの動き。ジャンルが違っても「移動するカメラ、越境するカメラ」はこれまで同様、変わらずそこに存在したのだった。

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路上のソリスト
監督:ジョー・ライト
出演:ジェイミー・フォックス、ロバート・ダウニーJr.、キャサリン・キーナー、
トム・ホランダー、リサ・ゲイ・ハミルトン
(2009年/アメリカ)東宝東和

『つぐない』のレビューはこちら
『プライドと偏見』のレビューはこちら

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