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2009/04/21

子供の情景

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 オバマ政権はこれまでイラクに注がれていた軍事力をよりアフガニスタンの復興に傾注する方針を表明しているが、そこに住む人々、とりわけ子供たちの生活については一向に声が聞こえてこない。世界が「伝えていない」のか、それとも僕らが「聞こうとしてない」のか。

 そのギャップを埋めることこそ映画の務めとばかりに、弱冠19歳のハナ・マフマルバフ監督が作り上げた映像世界には驚かされる。子供の目線を通して語られるこの国の現実。『子供の情景』は、こどもたちによる万国普遍の純真無垢なイマジネーションを称えつつも、同時に「おとなたちの現実」がこどもたちに与える深刻なまでの影響力について描いた物語だ。

 イラン映画が日本で公開されなくなって久しい。検閲制度という名の表現の不自由を逆手に取った投影的・暗喩的なイマジネーションと、ドキュメンタリーとフィクションの境界線に大きな揺さぶりをかけたリアリティの醸成に、数年前の僕らは大いに驚かされたし、ときどきそのおおらかさに寝息すら立てて劇場の隣人たち(つまり隣席の他人)をしかめ面にさせたものだった。

 中でもイランを代表的するアッバス・キアロスタミとモフセン・マフマルバフの作り出してきた映像世界は、すぐれた映画監督がときに詩人であり、ときに哲学者でもあるという特権性を僕らに再確認させてくれた。とりわけモフセンの『パンと植木鉢』は僕にとっておそらく生涯の10本(この基準自体なんの権威もないが)になるであろう衝撃的な作品だった。

 国際的な評価が高まるにつれてモフセンは表現規制の多いイラン国内ではなく、より国際的な資本のもとで作品作りする機会が多くなる。彼は独自に映画学校を開校し、映画のみならず世界に関するあらゆる知識を兼ね備えた優秀な人材を輩出することにも努めてきた。『子供の情景』で長編劇映画デビューを果たした次女ハナもここの卒業生だ。ちなみに母も姉も映画監督・脚本家であり、兄はプロデューサー。これにモフセンが加わって、いまや映画界においてコッポラ一家に次ぐ知名度(?)を誇る“マフマルバフ・ファミリー”の完成となる。

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 前置きが長くなった。『子供の情景』の原題は"Buddha Collapsed out of Shame"。父モフセンの著作のタイトル「アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない。恥辱のあまり崩れ落ちたのだ」から引用されている。つまり本作はこの命題(言葉)をフィクション上で検証していく物語といえるだろう。

 映画は爆音と共にはじまる。スクリーンを覆うのは、世界を驚かせたタリバンによる仏像破壊の映像だ。けたたましい爆音とともに砂埃が舞い上がる。タイトルが示すとおりこれが「結論」なのだとすると、上映が終わる頃に僕らはもう一度このシーンと対面することになるだろう。主人公はたった6歳の少女バクタイ。はたしてこの子がどうやって最後の結論(仏像破壊)へとバトンを繋いでいけるのか?

 仏像と少女。このギャップをハナ監督は父譲りの暗喩的・投影的手法で見事に表現していく。前半はキアロスタミの『ともだちのうちはどこ?』や「はじめてのおつかい」を彷彿とさせる手法で、学校に行きたくてたまらない少女が自宅のパンとタマゴをノートに代え、鉛筆の代わりに母親の口紅を携えて健気にテクテク学校をめざす。それを見つめる観客の表情には笑みが絶えない。

 道行く先には次々と難関が待ち構える。がんばれ!がんばれ!応援にも力が入る。それに応えるように知恵と勇気で乗り越えていく少女。そうだ!その調子!

 だが、この「ほぼ子供しか登場しない物語」も中盤から不可思議性のスイッチがONになると、こどもの純真無垢なイマジネーションにアフガンの現状が色濃く投影されはじめ、そこには子供の目線を通した「バーチャルなアフガニスタン」が形成されていく。

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 「パン→ノート」「口紅→鉛筆」といった可愛らしい投影法は一気に暗黒面を見せる。タリバン兵こそ現れないが、代わりに「タリバンに憧れる悪ガキたち」が現れる。血なまぐさい戦争は描かれないが、「戦争ゴッコ」が顔を出す。ほかにも戦闘機の代わりに凧や紙飛行機が空を舞い、少年たちはライフルの代わりに木の枝を構え、「バキュンバキュン」と擬音を駆使しながらバーチャルな生命を奪っていく。

 すべてはあくまで“遊び”の話だ。子供の情景として実に微笑ましいものばかり。でもそれが「ゴッコ」だからこそ、ふとした拍子にきわめて残酷な現実が垣間見えてしまう。

 そしてラストシーン、行き詰った少女バクタイは、その小さな身体で精いっぱいの思考を働かせ、現実と仮想とを結びつけるひとつの行為ですべてを完結させようとする。またブッダもそのとき無残に崩れ落ちる。ここに「少女→仏像」という最大の投影が行われることで、命題の証明は見事に完了のときを迎えるのだ。

 それは彼女が生まれてはじめて経験した「諦念」、あるいは「絶望」だったかもしれない。たった6歳の子供が浮かべるあまりに深刻な表情に、遊びとはいえ、いや遊びだからこそ、この国が抱えた真の闇を覗かされた気がした。

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 ちなみに、本作はイラン政府の検閲を受けてはいない(よってイラン国内では公開されない)。ハナ・マフマルバフ監督はインタビューで「製作を許可してくれるならどこででも撮りたい」と語っているが「(イランは映画制作において)今はあまり簡単な時期ではない」とも付け加えている。

 そうであれば、実際のアフガンで撮られた『子供の情景』もより直接的な描写が可能だったはずだが、結果的にハナちゃんがこれまでイラン映画で培われてきた伝統的手法(暗喩的・投影的)を駆使してこの物語を完成させたことは興味深い。父の世代(マフマルバフやキアロスタミ)以前の映画監督にとって苦肉の策だったはずの手法を血肉化し、さらに自ら進化させようとしている熱意に新たな可能性を感じた。

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子供の情景
監督:ハナ・マフマルバフ
出演:ニクバクト・ノルーズ、アッバス・アリジョメ
(2007年/イラン=フランス)ムヴィオラ=カフェグルーヴ
4月18日(土)より岩波ホールにてロードショー

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