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2009/04/14

『不灯港』

試写室が揺れた。一本の映画によって、と言うよりも、ひとりの男の手によって。

彼の名は万造(まんぞう)。『不灯港(ふとうこう)』の主人公である。38歳。独身。恋人はいない。さびれた港町で、親の残した小さな漁船に乗って細々と生計を立てている。網によって刻まれた手の傷には海水が沁み、すっかりとささくれ立っている。漁を終えると彼は、胸に真っ赤な花を仕込み、うらびれたバーへ向かう。そこで男と女のランデブー。しかし思わぬライバルが現れあえなく敗退。今日も一人で布団に潜り込む。

驚いたことにこの男、冒頭10分間、ほとんど言葉を発しない。でもだからこそ僕らは、彼のつぶらな瞳、その背中に抱えた人生の重みを感じ取り、ああ、なにかとてつもないものを秘めた男なんだなあ、そういえば高倉健さんもそうだった・・・などと余計な深読みをめぐらしてしまうのである。

しかしその「ザ・海の男」的な幻想はもろくも打ち砕かれる。これまで寡黙だった万造は、満を持して言うのである。

「お嫁がほしくてほしくて、居ても立ってもいられないんだ」

世の中にこれほど率直かつ力強い言葉があっただろうか。っていうか、お前がずっと抱えていたものはそれかよ(笑)!

試写室は揺れた。そして僕らは気がつくと「不灯港」という名の、日本のどこかに本当に存在するかも知れないこのワンダーランドの住人になっているのだった。

『不灯港』は漁村ムービーというとてつもないジャンルを切り開いた。紛れもない日本でありながら、どこかボーダーレスな、彼岸性さえ感じさせる不思議な聖域。画面に漂う空気感はアキ・カウリスマキの作品を思い起こさせる。そこで繰り広げられる世にもおかしなエピソードの数々。なぜか翻訳口調で語られる、クサくとも無性に胸にこだましてやまない迷言たち・・・。

お嫁がほしい万造はやがてお見合いパーティーに出席するべく、粋な(?)ファッションに身を包んだりもする。そして来たるべき日、その会場で、あの衝撃シーンはやってくる。

詳しくは書けない。それはある意味、『リング』や『呪怨』に代表されるジャパニーズ・ホラーを引用しているのではないかと思えるほど、ちょっとした恐怖と笑いが化学変化を巻き起こした一瞬だった。付け加えると、この日の試写では、僕がこれまでの人生で体験した中で最も巨大な爆笑を獲得していたのだ・・・。

港町といえど、ひとつの社会だ。そこで頑なに生きることは難しい。万造の無骨な生き様はある意味「ハードボイルド」とも言えるのかもしれない。とくれば、当然セットで「ファム・ファタール」だって登場する。突如出逢いを果たした男と女。彼らが交わすのは熱い抱擁や口吻などではなく、やっぱり翻訳口調のほとほと率直な迷言だった。

「女は誰もが(心の)侵入者だよ」

まったく、主人公にこんな珍台詞をサラリと言わせてしまうのは、いったいどこのどいつなんだ!顔見せやがれ(笑)!

手元の資料をあさると、弱冠27歳、内藤隆嗣監督のプロフィールがそこにあった。ぴあフィルムフェスティバルから誕生した新たな才能なのだそうだ。これまで影響を受けたあらゆるモノを血肉化して自分の箱庭に昇華させる手腕に心から恐れ入った。後半、ちょっと迷走するが、ここら辺の「計算の無さ」こそ内藤監督の人柄を率直に表してそうで、逆に好感が持てたりもした。きっとこの先、山下敦弘みたいなオリジナリティ溢れるクリエイターに成長するはずだ。

ということで、今年の夏休みは海外旅行なんか取りやめて、いっそこの“近いようで遠い”ワンダーランド「不灯港」でも訪れてみるのはいかがだろうか。

以上、夏休みの過ごし方についてのお話でした。

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不灯港 futoukou
監督:内藤隆嗣
出演:小手伸也、宮本裕子、広岡和樹、ダイアモンド・ユカイ(・の部分に六芒星が入ります)
(2008年/日本)クロックワークス
夏 ユーロスペース他、全国順次公開

2006年のPFFで絶賛されたという内藤隆嗣監督の「MIDNIGHT PIGSKIN WOLF」もここに収録されています。ちなみに内藤監督は次回作として「山奥を舞台に、小さなロッジを経営するハンター」を主人公にした話を構想しているそうです。漁村の次は山奥・・・これは新しいジャンルの誕生かもしれません

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