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2009/04/18

『ミルク』

70年代、ニューヨーク。保険会社員で働く男はベッドの中で40歳の誕生日を迎えた。恋人との他愛もないおしゃべりに興じながら、彼はふと神妙な面持ちになり「僕は50歳まで生きられないよ」と口にする・・・それから8年後、彼<ミルク>の予言どおり、彼は本当に50歳の自分を見ぬままに凶弾に倒れ、絶命することになる。

伝説はこのとき、ベッドの中で幕を開けた。

これは、たった8年のうちに巨大なムーヴメントを巻き起こし、自由のために闘ったゲイ活動家ハーヴィー・ミルクが、銃撃される数日前に遺言テープを吹き込む場面から述懐されていく物語だ。

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自ら同性愛者であることを公表しながら、米国史上はじめて公職選挙で当選を果たしたハーヴィー・ミルクの物語---と書くと、どれだけスキャンダラスな映画なのかと敬遠されてしまうかもしれないけれど、『ミルク』はストレートであるとかゲイだとか、そんな線引きをたやすく消滅させてしまうほどの力強さと愛に満ちた作品だった。

僕らはこれまでの歴史の中で、混迷する政府が、異なる文化や価値観を持った人たちを恐れ、力づくで排除しようとする光景を幾たびも目の当たりにしてきた。

しかし為政者によって国家がダークサイドに傾きそうになったとき、幾度も勇気を振り絞って立ち上がろうとする国民の姿があった。いわばその繰り返しこそが国家の歴史そのものと言えるのかもしれない。

そしてアメリカがちょうど同じようなターニングポイントを迎えたとき、映画『ミルク』は生まれた。

4月13日付けの朝日新聞の夕刊によると、さすがのガス・ヴァン・サント(監督)も本作の撮影時にはオバマが大統領候補になるなんて予想だにしてなかったようで、編集中にどんどん現実が映画と重なっていく様子にたいそう衝撃を受けたのだそうだ。

彼が感じた「衝撃」はこの映画に触れる観客にもそのままの純度でもたらされる。30年前の出来事だなんて思えない。僕らは、この<ハーヴィー・ミルク>の物語を遠いモヤのかかった向こう側の話としてではなく、自分がいま生きる時代の風潮と重ねてリアルに体感することができるのだ。

最近は『パラノイドパーク』のように映像が主人公の主観とシンクロしていくかのような撮り方が主流となってきたヴァン・サントだが、『ミルク』ではそれらとは一線を画し、誰もが容易に接続可能なエンターテインメント手法でストーリーが奏でられる。なのでヴァン・サント自身がゲイであるからといって、その主観性がスクリーンを必要以上に覆うことは無い。

彼が主役に招聘した俳優は、ショーン・ペン。『ミスティック・リバー』や『リチャード・ニクソンを暗殺しようとした男』などで時代を覆った負の空気をモロに体現してきた彼は、監督作『イントゥ・ザ・ワイルド』を経てこの『ミルク』に至るという傑出した作品選定眼によって、他の映画人の誰よりも早く、この新時代の幕開けに祝福を表明することとなった。

普段は刺々しいイメージの強いペンも、映画の中ではチャーミングそのものだ。ちょっとした仕草や恥じらい、そして恋人に深い濃い目のキスを贈るときの幸福に満ちた表情は、初めは観客として身構えてしまうものの、だんだんごく当然の愛のかたちとして観客に至福を及ぼしていく。

そして彼が民衆の前に立って、"My name is Harvey Milk. I'm here to recruit you!(私はハーヴィー・ミルク。みなさんを政治運動へ勧誘します!)"と高らかに宣言するときのカリスマ性、というより自由を求める者たちのアイコンとして存在感は、これまでの映画史上、類を見ないほどの卓越した吸引力を見せ付ける。

また、ミルクが身を捧げた8年間は、同じ心の痛み、自由への渇望を抱えた多くの仲間たちと共に歩んだ歳月でもあった。選挙事務所にはいつも個性豊かな面々が顔をそろえる。中でもエミール・ハーシュは『イントゥ・ザ・ワイルド』からは想像もできない姿恰好で、今回もショーン・ペン=ハーヴィー・ミルクに大きな影響を与えられる役柄を好演している。恋人役のジェームズ・フランコ(『スパイダーマン)』がミルクを遠くから見守り続ける慈愛に満ちた眼差しも印象深い。

当然、光があれば影もできる。ゲイ・コミュニティとはまったく関係がないノーマルな家庭人ながらも、他の誰とも繋がることができず、心の奥底で闇を膨らませていったダン・ホワイト(ジョシュ・ブローリン)という人物には最後まで油断がならない。

ミルクと同様「白」のイメージで満ちた彼は、実際にはミルクと実に対照的な人生を歩むことになる。彼の存在は「疎外感」が何も社会的弱者にだけ宿るものではないことを示唆し、皮肉なことに「人間の平等」について実に逆説的な裏付けをもたらす結果となっている。

『ノーカントリー』で暗殺者の魔の手から逃れ、『ブッシュ』ではタイトル・ロールを演じた怪優ブローリンが作り上げたダン・ホワイト。彼こそは『ミルク』の物語を単なるゲイ・カルチャーの回顧録にとどまらない、重層的な作品へと押し上げた影の立役者と言えるだろう。

最後に、この映画は音楽がまた素晴らしいことを付け加えておく。冒頭から、流れるような、ときにJazzっぽく音階を跳ね回りもする美しい旋律が観客を魅了し、エンディングでは聖歌隊の合唱も加わって、まるで“希望”や“祈り”を象徴するかのような光明を醸し出していく。

手がけたのはティム・バートン作品や『スパイダーマン』シリーズでお馴染みのダニー・エルフマン。これまでのダークでコミカルな曲調を反転させた『ミルク』の深淵なるサウンドトラックは、今後、彼の代表作となることは間違いない。
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なんだか箇条書きのように書きならべてしまったが、『ミルク』はつまりそういう映画だ。ひとつの希望を旗印に全員が一丸となって山頂を目指していく臨場感、高揚感を見ていると、これがアメリカという大国の最大の、そして唯一の魅力であったことに改めて気付かされるのだ。

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ミルク
監督:ガス・ヴァン・サント
出演:ショーン・ペン、エミール・ハーシュ、ジョシュ・ブローリン、
ジェームズ・フランコ、ディエゴ・ルナ
(2008年/アメリカ)ピックス

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