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2009/04/16

『スラムドッグ$ミリオネア』

最小文字数でサクッと消化したい方は300文字レビューをどうぞ

一般的に映画の重要な視点として「どこに物語が発生するか」といった要素がある。『スラムドッグ・ミリオネア』の面白さはまずそこに凝縮されていると言えるだろう。「クイズ・ミリオネア」の回答席こそが、その発生場所になるのだから。

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本作は、スラム出身の青年ジャマールが念願のクイズ番組で「残りあと一問」にまで迫った時点から幕を開ける。といってもクイズは最後まで至らず、生放送はタイムアップ。最終問題は翌日の同じ時間に持ち越されることに。

しかしジャマールが送られた先は予想外にも警察署の取り調べ室だった。「無学な青年がこんなに正解できるわけがない。必ずなにかトリックがある」。誰もがそう思っていた。しかし当のジャマールは「ズルなどしていない」と断言する。すべての答えは自分が実際に体験して知り得た知識なのだと。

刑事は「ミリオネア」の録画ビデオを再生させながら、ジャマールへの尋問を続ける。そして最初の問題がはじまる。モニターに映し出された回答席ではジャマールが緊張した面持ちで答えを口にしようとしている・・・。

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人間が死ぬと天国で神様が10個の質問をするという。本作におけるジャマールと「クイズ・ミリオネア」の関係もこれに似ている。出題されるクイズの数々は偶然にも彼の辿ってきた人生に添ったものばかり。すべての答えは記憶の中に存在する。ジャマールは、かつて『トレインスポッティング』でレントンがトイレの便器に飛び込んだように、自分の生き抜いてきた人生に向かって渾身のダイブを決め込む。

全問正解を果たしたそのとき、彼は巨額の大金を手にするだろう。しかしそれはあらかじめ設定されたゴールでしかなく、本作でもっともフィーチャーされるのはジャマールの人生そのものだ。つまり、「クイズ・ミリオネア」という華々しい舞台は、終始一貫して彼の人生を語るためのフラッシュバック装置に徹するのである。

それではまるでファンタジーだと人は言うかもしれない。言うなれば観客もジャマールを取り巻く大人たちと同じなのだ。誰もが疑いの目でジャマール=スラムドッグの人生に反証を求める。しかし彼の口から語られるストリート・チルドレンの生き様は驚きと興奮に満ちたものだった。そして怒髪天を抜くようなそれらのエピソードが、たった十年足らずで大変貌を遂げたインド・ムンバイの現代史と重なるとき、本作には上記のファンタジー的要素を飲み込んであまりあるほどのリアリティの風が吹き荒れ、僕らを圧倒するのである。

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どうしてダニー・ボイルにこんな所業が成しえたのか。そもそもボイルの近作にはいくつかの問題点があった。イマジネーションとストーリーテリングの歯車の噛み合わせがどうもうまくいかない。『ミリオンズ』『サンシャイン2057』でもそのバランスが崩れ、制御しようとすればするほどイマジネーション過多になってオーガズムに達する前に暴発していた。

本作でダニー・ボイルは、“制御しきれない”ことを恐れてはいない。

このムンバイという都市の地表から湧き出る圧倒的なパワー、リアリティとの抱擁の中で、ボイル自身が自由に身体を預けているのである。ボイルがどれだけ無茶をやったって、この街はすべて受け入れてくれる。ありえないような奇跡と偶然が巻き起ころうとも、それをごく平然とを飲み込んでくれる母なるガンジスのような流れがそこには広がっている。これまでのボイル作品と比べて一枚も二枚も身軽になったように感じるのはそれが原因なのではないか。

そう踏まえると、本作の中盤で見受けられるたった数秒足らずの奇妙なワンシーンがとても重要なものに思えてくる。

路上でカメラが回る。警官らしき人物が近寄ってきて「撮るな!」と制止する。
たったそれだけのシーン。もちろんストーリーとは何の関係もない。

まるで潜入ドキュメンタリーのような、あるいは編集でうっかり消し忘れたNGカットのようなこの得体のしれないシーンこそ、今ではダニー・ボイルの手のひらから擦り抜けるようにして沁みだしてきたリアルの“うわずみ”のように思えてならない。

そうした映像に120分間も身を浸していると、この物語をファンタジーの範疇だとか、所詮つくり話だとか言う気がさらさら起こらなくなるのだから不思議だ。作品から沁みだしたリアルが僕らに語りかける。すべての答えは人生にある・・・自分で選び取った人生の選択肢に不正解など無い・・・うん、どれも正しい。というか、たとえ間違っていても、人生はそのようなものなのだと信じていたい。

後ろ向きな僕をそう思わせるほど、『スラムドッグミリオネア』は途方もない人生賛歌なのだった。

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スラムドッグ$ミリオネア
監督:ダニー・ボイル
出演:デーヴ・パテル、アニル・カプール、イルファーン・カーン、
マドゥル・ミッタル、フリーダ・ピント
(2008年/イギリス)ギャガ・コミュニケーションズ


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