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2009/04/30

『チェイサー』

 『殺人の追憶』や『オールドボーイ』など、人間の心の闇を覗くことに関してはただひたすら容赦のない韓国映画からとんでもない衝撃作が届いた。イケメン韓流スターは登場しないわ、ゴアな猟奇殺人が頻発するわでもう散々なほど翻弄されるが、これは3月公開の『映画は映画だ』と共に韓国映画の未来を象徴する身震いするほどの怪作だ。

 主人公はジュンホという中年男。元刑事という肩書きを持つが、いまでは風俗稼業に従事する日々を送っている。そんな中、彼のあっせんするデリヘル嬢が謎の失踪を遂げる事件が発生。刑事時代にきたえた習性からか、とことん足を使って消息を嗅ぎまわったジュンホは、以前より危険視されていた一人の顧客の存在にたどり着く。

 男の名はヨンミン。偶然にも彼は今日もデリヘルを注文しており、ただいま幼い子供を抱えた女性ミジンが接客中だという。あわよくば現場を押さえてこらしめてやろうと急行するジュンホ。しかし携帯で場所を知らせてくれるはずだったミジンが忽然と消息を絶ってしまう。いやな予感がする。何かとてつもない巨悪がうごめいている気配。まさかこの件を皮切りにソウル市内を揺るがす連続猟奇殺人事件が明るみになろうとは、このときのジュンホになど知る由もなかった…。

 本作がよくある犯罪捜査モノと一味違うのは、犯人があっさりと捕まり「連続殺人事件の犯人は俺だ」と自供することにある。しかしながらこの男、遺体の隠し場所やアジトに関してはいっさい口を割らない。このイレギュラーな展開が新たな局面を生み出していく。つまり犯人がいかに告白しようとも警察が証拠を押さえられなければ「証拠不十分」となり、この根源悪のごとき男はふたたび世に放たれてしまうのである。拘置終了期限まであとわずか。ヨンミンはこの機に及んで微笑みながらジュンホに告げる。「あの最後の女はまだ生きている…」と。

 猟奇殺人犯による直々の「ご指名」を受け、ジュンホは気がつくと全身汗だくになって事件を追いかけている。ともに奔走するのは刑事時代の先輩を筆頭とした超優秀な捜査班だ。心強いことに彼らときたら、ついさっきまで「ソウル市長ウンコ襲撃事件」を捜査していたとか…こんな感じで『セブン』的展開が観客を震撼させながらも、そこに仄かなユーモアが滑り込む。これが更なる緊張を生む。本作で監督デビューを果たしたナ・ホンジンの語り口、まさに緩急自在。

 しがない風俗屋でしかないジュンホが事件の謎を解く要となる奇妙な図式には、あくまで国家権力でなく一介のソウル市民を主軸にドラマを描こうとするナ・ホンジンのこだわりがあるように思える。そして彼が一介の市民であるからこそ常識の枠に縛られない逸脱した行動が可能となる。どんづまりになった捜査に超法規的な風穴を開けるのもまた彼の専売特許なのだ。その立場を利用して警察側が彼を捜査上の必要悪にしようとする様も、それを承知のうえで感情のままに行動するジュンホの姿も、同じ人間の行動パターンとして非常にリアルで生々しい。

 主人公を演じるのはチョ・ナンカンも出演している『ヨコヅナ・マドンナ』にて飲んだくれの父親役を好演したキム・ユンソク。暑苦しい髪型に不精ヒゲ、あわよくば加齢臭さえ漂ってきそうな不器用な中年男を体現し、「第二のチェ・ミンシク」とも言うべき圧倒的凄みを放出する。

 そもそもギリシア悲劇をはじめ“救いのない物語”には数限りない教訓が刻まれているのと同時に、観客の心を洗い流す効果があるという。つまり『チェイサー』が観客に覗かせる暗黒面もこれと同じカタルシス効果ということになるのだろうか。

 とにかくこの『チェイサー』は、世間の生ぬるい映画に辟易した観客にとって久々にガツンとくる怪作として映ることだろう。伝え聞いたところでは早くもレオナルド・ディカプリオが本作のリメイク権を獲得したとか。ハリウッドにどれほど闇を見極める度胸があるのかお手並み拝見といったところだが、もしもディカプリオが出演を兼ねるのであれば、できることならヨンミン(犯人)役にトライしてもらいたいものだ。

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チェイサー
監督:ナ・ホンジン
出演:キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、ソ・ヨンヒ
(2008年/韓国/125分)クロックワークス、アスミック・エース

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