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2009/05/22

『夏時間の庭』

オルセー美術館は開館20周年を記念して、世界の名だたる映画監督に10分ずつの短編製作を依頼した。残念ながらこの企画は志なかばに頓挫することになるのだが、そのとき立ち上げたプロットをあきらめきれなかった男たちが、ふたり・・・ホウ・シャオシェンとオリヴィエ・アサイヤスだ。彼らはそれぞれの企画を10分ではなく、一本の独立した映画へと膨らませていく。そうして完成した作品が、すでに日本で公開済みの『ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン』とアサイヤス監督作『夏時間の庭』である。

Summer_hours_2 

物語はこどもたちの無邪気な歓声と共に始まる。
ここは有名な画家だった大叔父が生前アトリエとして使用していた屋敷。邸内には彼の愛した美術品が並び、草木に囲まれた広大な庭には何十年と変わらぬ穏やかな時間が流れている。そして今日、この地にたったひとりで暮らす母の誕生日を祝おうと、我が家を巣立って久しい3人の子供たちと、そのまた子供(孫)たちが大挙して訪れ、家族は久しぶりの再会の時を心から楽しんでいた。宴が終わると母は長男に言う。「私はすでに身の回りの整理をはじめている」と。

まもなくして母は逝った。哀しみに暮れる間もなく、子供たちには現実問題が突きつけられる。たくさんの想い出が詰まったこの屋敷と美術品をどうするか。長男はこのまま残すべきだと主張するが、次男は上海で新たな生活を始めるべくその支度金を必要としていた。長女もまた、恋人と結婚してアメリカに住む予定だと言う。もはやたくさんの想い出の品々は長男ひとりで維持できるはずもなかった。彼らは美術品をオルセーへ寄贈し、自宅を売りに出すことに決める・・・。

Summerhours
美術館や博物館を訪れるとキャプションや人の多さのほうにばかり気を取られてしまい、肝心の展示物とじっくり顔を突き合わせて対話することは難しい。そんな僕らに、アサイヤスは美術品のもつ別の側面を教えてくれる。つまり、すべての美術品は展示物である前に、かつて誰かの日常とともにあったのだということを。

ひとつの歴史的家具、絵画、花瓶にしても、人間の何倍もの歴史を生き続け、人から人へと受け継がれ、川の流れの集約地のごとく、このオルセー美術館へ辿りついたものばかりなのだ。

『夏時間の庭』で僕らは、ひとつの家族と共にあった日常が、やむにやまれぬ理由でひとつ、またひとつと解体されていく様子を見つめることとなる。幼い頃から親しんできた芸術品に別れを告げなければならない長男の寂しそうな表情。あの瞼の裏側では、亡き母らと共に過ごした大切な記憶がありありと蘇っていたに違いない。すべての美術品は、所有者の喜びや哀しみを沁み込ませ、また人から人へと受け継がれ、そしてこれからも旅を続けていく運命にあるのだろう。

そんな美術品が多数所蔵されているオルセー美術館は、さながら“記憶の貯蔵庫”のようだ。いや、そうであってこそはじめて、その存在は有機的に機能しはじめるのだ。尊い美術品の数々を取捨選択しながら所蔵を増やしていく美術館の特異な遍歴は、おびただしい記憶を取捨選択しながら生きる人間の生と、少なからず重なるところがある。

なにもそこに漂うのは寂寥感だけというわけではない。アサイヤスがこの映画のラストに選んだシークエンスがとても興味深い。

屋敷を手放す前、亡き母親の孫にあたる少女がパーティーを開く。そこでは冒頭に漂っていた“穏やかな時間”は消え失せ、もはや若者による騒々しい時間だけが無造作に横たわっているかに見える。

しかし、ほんのふとした瞬間に、少女の瞼の奥に想い出が蘇る。それはかつての祖母の横顔だったかもしれないし、冒頭に描かれた“夏時間の庭”だったかもしれない。

その表情に出逢えるだけで、僕らは何か大切なものが、世代から世代へと確実に手渡されていたことを知るのである。

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ちなみに、僕がたまたま手にしたイギリスのミニシアター系フリーペーパー"CURZON"では、ELLEN E JONESという人が面白いことを指摘している。曰く、「『夏時間の庭』はホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンといったアサイヤスと親交のあった台湾ニュー・ウェーヴ世代監督の影響が強くでている」と。なるほど、劇的なシーンや説明を廃し、日常描写とナラティブだけで物語を形成し、家族の物語であり、過ぎゆく時に深い眼差しを向ける・・・。本作を観ながら『ヤンヤン 夏の想い出』(エドワード・ヤン監督作)のことがしきりと思い出された理由が分かったような気がした。

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夏時間の庭
監督:オリヴィエ・アサイヤス
出演:ジュリエット・ビノシュ、シャルル・ベルリング、ジェレミー・レニエ、エディット・スコブ
(2008年/フランス)クレストインターナショナル

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