« フィアンセ拘束された監督の苦悩 | トップページ | 『夏時間の庭』 »

2009/05/20

『インスタント沼』

 「時効警察」の鬼才・三木聡が麻生久美子をヒロインに迎えて贈る、ナンセンスの底なし沼、それが『インスタント沼』だ。オープニングから僕らはもう、ちょっと尋常じゃないカット数の麻生久美子に飲み込まれる。膨大なモノローグに合わせてめくるめく展開していくイメージショット。その情景はあたかも沼の底からブクブクと泡が吹き出てとまらなくなったかのよう。

 主人公は、自分がなーんだか底なし沼に足を突っ込んでいる気がしてならない編集者、沈丁花ハナメ。手がけた雑誌は休刊になるわ、カッパを追いかけてった母親は意識不明になるわ…そんな彼女が“自分の父親かもしれない”骨董屋のオヤジと出逢ってしまったことで転機が訪れる。胡散臭く、飄々としていて、でも温かいところもあるこの謎の男に導かれ、ハナメは少しずつ「人生を楽しむ方法」を学んでいくのだが・・・

 今回はとにかく麻生久美子が動く、動く。一時たりともじっとしちゃいない。こんなにハイ・テンションな人だったっけか?と呆れるほどのアクティブなコメディエンヌぶりには思わず感動さえ覚える。しかもこれ、ぜーんぶ三木監督の細かい演出によるものなんだとか。そう言われて見直すと、なんの整合性も見出せなかったセリフと動きのナンセンスな組み合わせが緻密な構築物のように思えてきて、よく聞かれる「ゆるくて笑える」などという安易なリアクションでは言い尽くせない三木節の本質が見えてくる。

 先日、たまたま某ラジオ番組に三木監督が出演しており、「ナンセンスとは何か?」という直球の質問に対してこんな答えを返していた。

 「真面目の極みである」

 監督によると、ある種の生真面目さゆえにそれを打ち破りたいという衝動が生まれたとき、そこではじめてナンセンスが発露するのだとか。「不思議の国のアリス」の作者ルイス・キャロルも同じことを言っているそうです。

 ふと、三木監督が番組ブレーンを務めていた「トリビアの泉」で、まさにこの理論を裏付ける(?)実験が行われたのを思いだした。どこぞのお偉い学者さんたちが数人集まって、この世で最も面白いギャグを開発するといった趣向だった。このとき導き出された答えも、三木監督の言葉とほとんど同じもの。学者先生たちは静まりかえったオーディエンスを前に、とても生真面目な表情でごく突発的にダジャレを発する。会場の空気が思わず凍り付く。しかし連続性とは恐ろしいものだ。この作業を何度か繰り返しすうちに、そこには飴と鞭、いや緊張と弛緩の関係性がうまれ、演者(学者)と観客の間には得も言われぬ奇妙な空気が醸成されていくのだ。

 これの理論がどれだけ正当性を持つのかは分からない。しかし世間をぐるりと見回しても、これがジョークやナンセンスに留まらない何らかの普遍性を持っていることは明らかだ。ホラーでも、サスペンスでも、泣ける映画でも同じこと。ある種の生真面目さの土壌が無ければホラーもサスペンスも開花しない。出てきた瞬間にもう怖がらせよう、泣かせようと身構えていたり、ギャグを言う前に足腰が笑っちゃっていては、てんでお話にならないのである(もちろんそういう芸風を確立している人もおられ、一概にそう言い切れない部分もあるのだが)。

 『インスタント沼』には、ひとつひとつのシークエンスはナンセンスに満ちあふれていながらも、その総体としてとても具体的な、かつポジティブな感覚へと突き動かしてくれる魅力がある。とりわけ骨董屋のオヤジの「困ったときは蛇口をひねれ!」というアドバイスにはかつて寺山修司が言った「書を捨てよ、町へ出よう」に近い説得力がある。僕らは彼の“ナンセンス”にばかり気を取られがちだが、逆方向に照射すると、ナンセンスが彼のストーリーテラーとしての“生真面目さ”を際だたせている、と捉えることも可能なのかもしれない。

 面白いことに本作はラスト近くになるまで肝心の“インスタント沼”が一向に顔を出さない。けれど思うのだ、この映画を観ている間、僕らはずっとこの沼の周りを蛇行しつづけていたんじゃないのかと。そして足元にあった沼の存在にようやく気がつき、その中に沈んでいたものを一個一個すくい出していく(まるで深層心理のようだ)。そんな感慨とともに、YUKIが歌う「ミス・イエスタデイ」へと流れ込んでいく怒涛のエンディングは、なんだか人生の背中を押してくれてるようで、なんだか無性にグッとくる。

↓この記事が参考になったらクリックをお願いします。

インスタント沼

監督・脚本:三木聡
出演:麻生久美子、風間杜夫、加瀬亮、松坂慶子
(2009年/日本/120分)アンプラグド、角川映画

------

TOP】【過去レビュー】【DIARY

|

« フィアンセ拘束された監督の苦悩 | トップページ | 『夏時間の庭』 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/137483/45023536

この記事へのトラックバック一覧です: 『インスタント沼』:

« フィアンセ拘束された監督の苦悩 | トップページ | 『夏時間の庭』 »