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2009/05/10

『天使と悪魔』

ハーヴァード大学の宗教象徴学者ロバート・ラングトンが挑む歴史ミステリー第2弾。前作『ダ・ヴィンチ・コード』ではモナ・リザ、ダ・ヴィンチ、フリー・メイソン、テンプル騎士団と知的好奇心を旅してきたが、今回はヴァチカンと秘密組織イルミナティをめぐる世界史の闇へと観客をいざなう。

法王の死―
カトリック信者にとって哀しみのニュースが世界を駆けめぐった。しかしヴァチカンでは喪に服する暇もなく、いまや新法王を選出する“コンクラーベ”の準備が慌ただしく動き始めていた。

時を同じくして、スイスにある欧州原子核研究機構(セルン)では大事件が発生。極秘研究されてきた“反物質”が何者かによって強奪されたのだ。それは人間の手で作り出された極小レベルのビッグ・バン。もしもこれが悪用されたら人々は町をひとつ吹き飛ばしかねない凄まじい驚異にさらされることとなる。

その反物質がここヴァチカンに・・・!?

犯人による声明は、それがあと数時間で爆発すること、そしてすでに誘拐済みの4人の新法王候補を、2時間ごとにひとりずつ処刑する旨を宣告していた。犯人は自らをイルミナティと名乗り、これは“復讐”だと言う。1776年に科学者や芸術家などによって構成され、その自由思想ゆえに神への冒涜であるとしてヴァチカンの容赦ない攻撃にされされてきたイルミナティ。歴史上消滅したと思われていた彼らが復活したのか?

ラングトン、物理学者ヴェトラ、ヴァチカン市国内の治安を守るスイス衛兵隊、そして新法王選出まで暫定的にヴァチカン市政を担うカメルレンゴ(教皇侍従)らは、ガリレオやベルニーニによる数々の歴史的痕跡に導かれながら、必死の捜索に乗り出すのだが・・・。

****

世界中で驚異のベストセラーの名をほしいままにしてきた「ロバート・ラングトン」シリーズ。その面白さは原作の文字数=時間の経過では無いところにある。ストーリーの随所に注釈のようにしてあらゆる歴史的知識を織り込んでくる。そのたびにストーリーは一時停止しながらも、そこで語られた知識の総体こそが読者を圧倒し、読後の知的充足感へと繋がっていく。

映画、こと純然たるエンターテインメント作品において原作の文字に相当するであろうフィルムのコマは「時間の経過」と関連性を持つことがことを余儀なくされ、そこに原作の知識を挟み込む多数の附箋を張り巡らすことには限界がある。

その過程で無惨にも空中分解してしまったのが『ダ・ヴィンチ・コード』だった。これは個人的見解ではない。今作『天使と悪魔』の脚色を見ていると、作り手自身が前作について猛省している様子がひしひしと伝わってくるのだ。

もしもあなたが原作を読了済みならば、映画版の脚色ぶりに驚かれるはずだ。ハードカバーだと分厚い2冊分、文庫版だと3冊分の文量に思い切ったスリム化が図られている。物理科学者ヴェトラの共同研究者は父ではなく友人ということになっているし、原作で強烈なイメージを発していた科学の権化のごときセルンの所長はいっさい登場しない。またヴァチカンの窮地をかぎつけるマスコミのエピソードも絡んでこない。ヴェトラとラングトンの恋愛模様も語られないし、挙げ句の果てにクライマックスでラングトンはヘリに乗らない、のである。

ハリウッド的手法として新たに手直しされた部分もある。事件の実行犯は時代性を鑑みてアラブ系ではなく白人男性に修正されているし、原作で死ぬ運命にあった人が思わぬ具合に生き残ったりもする(確かにこれは殺す必要はなかったと思う。そこに作者の意図が無ければ、の話だが)。

また、映画では『ダ・ヴィンチ・コード』(原作では2作目)→『天使と悪魔』(原作では1作目)と時系列が逆転しているという点にも配慮がある。本作ではいちおう映画版の時系列が尊重されており「前回、ヴァチカンを怒らせた」などと言うフォローアップが入っているのだが、原作ファンを刺激しないためにも結局は「どちらが先でも解釈可能」な構成となっている。この“曖昧さ”はともすれば日本人の専売特許だったはずだが、ハリウッド人の彼らはこの芸当をいったいどこで覚えたのだろうか。

上記のような要因もあり、『天使と悪魔』は前作に比べてエンターテインメント、サスペンスとして一本の強力な線でパワーアップされるに至った。『ダ・ヴィンチ・コード』のようにどっちつかずの空中分解はしていない。

しかしその分よそに皺よせが訪れる。原作ではそれが旨味と思われていた数々のディテールや逸話、歴史アイテムが取捨選択され、細かい解説はそっちのけでグングン事件が進行していくのだ。内容の濃さよりもノリの良さを優先した、と言うべきか。あるいは、映画版としての大人の判断、という言い方もできるだろう。

惜しむらくは、これらのスリム化が原作最大の持ち味ともいうべき「科学VS宗教」のせめぎ合いという有史以来のテーマ性さえも薄めてしまった点にある。科学と宗教が互いに“傲慢さ”や“狂気”をさらけ出しぶつけ合うことは皆無に等しい。CNNの報道によると今回はカトリック教会側からの怒りの声もほとんど無いらしく、これを映画側が「配慮した」ととるか「日和った」ととるかについては観客それぞれの判断に委ねたいところだ。

僕にできるのは、最後にこう付言することだけ。

『天使と悪魔』の世界観を隅々まで楽しみ尽くすためにはまず原作を読むことを強くお勧めする。そして今度は原作を具体的イメージ(あるいは挿絵)として捉え直すべく映画版に臨む。そうすると説明不足な知識も補え、また映画の作り手たちの試行錯誤も想像以上にうかがい知れて、一石二鳥な気分に浸れるはずだ。

僕自身、そういうふうに臨み、結構楽しめたのでした。実は。

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天使と悪魔
監督:ロン・ハワード
出演:トム・ハンクス、ユアン・マクレガー、アイェレット・ゾラー、
ステラン・スカルスガルド、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、ニコラス・リーコス
(2009年/アメリカ)ソニーピクチャーズ エンタテインメント

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