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2009/05/02

『スター・トレック』

 1966年にオリジナルTVシリーズとして誕生して以来、世界中でたくさんのファンを獲得してきた「スター・トレック」。その影響力は『ギャラクシー・クエスト』『トレッキーズ』といったスタートレック・マニア(トレッキー)関連の映画がさらなる評判を浴びるなど今やエンタテインメントの基本であるのみならず、宇宙論や量子論などの専門分野では「ガンダム」や「アトム」と並び「スター・トレック」をバイブル的存在として位置づける研究者も多いと聞く。

 これまでに製作された映画版「スター・トレック」は1979年以降10本を数える。僕もそのいずれかを見た記憶がある。当時中学生だった僕には「SFだし、宇宙出てくるし、まあ面白いだろう」という勝算があったのだが、これは完全なる誤算だった。なけなしの小遣いで入場したにもかかわらず客席で爆睡してしまった。ショックだった。ストーリーがさっぱりわからなかった。劇場の壁に貼られたスチール写真をギッと睨みながら帰途についた。あの耳のとんがったやつめ!と悪態をついた。

 そんな「スター・トレック」シリーズが、「LOST」や『クローバーフィールド』で知られるJ.J.エイブラムスによって今回まったく新しいリ・イマジネーションを遂げた。

 そのストーリーはまさにシリーズの「エピソード1」的な位置づけ。若きころの主人公ジェームズ・T・カークがミスター・スポックら個性的な仲間たちと出会い、エンタープライズ号の船長として旅立つまでをドラマティックに描き出す。

 冒頭から鮮烈だ。カークの父の乗るUSSケルヴィン号が優雅なクラシック調の音楽をバックに美しく大破したかと思うと、次の瞬間にはbeastie boysの"Sabotage"(ちなみにスパイク・ジョーンズが手掛けたこの楽曲のPVは、70年代刑事ドラマをモチーフにした傑作モノに仕上がっている)が、およそ「スター・トレック」とは思えない轟音を奏でながら新世界の到来を高々と宣言する。

 この潔いスイッチングから「スター・トレックの子ら」の再創造に寄せた情熱が伝わってくる。旧来のイメージにはなかったこのアクロバティックな意識の流れこそ、本作最大の魅力といえるだろう。

 それを支えたのは実験的精神を加味したスピーディーなカメラワークだ。アクションシークエンスでのカメラの身軽さ、それが映し撮るアングルの斬新さはもちろんのこと、ただ単にフィックス(固定)で人物の表情を捉えていればいいようなシーンでも、よく見るとカメラはずっと小刻みに動き続ける。

 それはエンタープライズ号の振動であるとともに、感情の揺れでもある。人物のアップを映しながらカメラが微妙な角度でわずかに揺らぐことによって、僕らはキャラクターの「揺れる心情」に同調することが可能となる。セリフや演技や演技といった要素にも増して、僕らの心はこのカメラワークによって、知らず知らずのうちにエンタープライズ号の精神的内部へといざなわれていく。

 また、正反対の性格の持ち主、カークとスポックの人間性を全面的にフィーチャーしたストーリーも面白い。それぞれ別惑星にて反骨精神のかたまりとして育ってきた二人。カークは冒頭からオープンカーを爆走させる暴れん坊なのに対し、地球人との混血として生まれたスポックは「生れながらの劣等」とされながらも、それこそが親から受け継がれし愛なのだと運命を受け入れている。

 論理的思考がトレードマークのバルカン人であっても、スポックの行動パターンには感情の入り込む余地がある。それはバルカン人として完璧には到達しえない欠点でありながら、逆に彼が感情を持つ生き物であるという無限の可能性でもある。

 そして彼にとって同じエンタープライズ号に乗り合わせるカークこそ、それらの欠点と可能性とを120パーセントみなぎらせた男であり、一方のカークにとってはスポックこそが自分の欠点(感情だけで突っ走る性格)を補う存在となる。彼らが反目しあいながらも互いの中に自分の理想型をみとめていく心のうねりがここに非常にわかりやすく描写され、普遍性のある人間ドラマを生みだしていく。

 ふたりが織りなす基軸に絡まってくるエンタープライズ号のクルーの面々には実に魅力的だ。軍医のボーンズには『ボーン・スプレマシー』でジェイソン・ボーンを追跡する暗殺者として存在感をみせたカール・アーバン。語学堪能な通信士ウフーラには『バンテージ・ポイント』の冒頭で生々しいテロリズムを伝えるレポーターを演じたゾーイ・サルダナ。旅の途中で編入を許される天才エンジニアのスコッティには『ホット・ファズ』の英国俳優サイモン・ペッグ。機関主任スールーには"Harold & Kumar"というコメディ・シリーズで大人気を誇る韓国出身のジョン・チョー。それに『チャーリー・バートレットの男子トイレ相談室』で見事な演技を見せたアントン・イェルチェンも大袈裟なロシア語なまりで幾度もクルーを救う17歳の天才少年を演じる。

 つまりどこかのテレビや映画で見覚えのある売り出し中の俳優陣が、まるで「LOST」の島に放り出されたキャラクターのようにエンタープライズ号のブリッジを所狭しと駆け回り、互いに切磋琢磨、牽制しあってそれぞれの見せ場を乗り切っていくのである。

 ちなみにスポックの母親役でウィノナ・ライダーが顔を見せているの には驚かされた。久々に目にする彼女は年齢相応に歳を重ねており、ちょっとやつれたかにも見受けられた(そういう役柄だからだろうか)。

 そしてこれほど「スター・トレック」の旧来のイメージを覆しながらも、やはりオリジナルへのリスペクトは忘れていない点も素晴らしい。感情に任せて大きく路線をはみ出したかに思えたこの新生『スター・トレック』は、押さえるべきポイントできちんと「原点に戻る」というバルカン人的な論理的思考を働かせる。

 なので全編にVFXに満ちあふれる中でも「転送シーン」だけは光がクルクルと旋回して静止したキャラクターが出たり消えたりするというファン心理をくすぐるアナログ感を再現しているし、またそのシリーズのお墨付きという面ではオリジナルのミスター・スポックことレナード・ニモイ氏が登場することで完璧におさまりがつくだろう。

 そしてエンディングがそのままTVシリーズお決まりのオープニングのナレーション、そして誰もが一度は聞いたことのあるテーマ曲(「アメリカ横断ウルトラクイズ」)へと繋がっていくという周到さ。だからこそ「スター・トレック」を知っている人も知らない人も、登場人物たちが随所で交わす"Live long and prosper!(長寿と繁栄を)"という決まり文句を、なんだか昔から知っていた懐かしいものとして受け取ってしまうのだろう。

 スター・トレックの子らによるシリーズ救済計画はここにめでたくミッション・コンプリートとなった。

おそらく10年前、5年前ならば、この目論見は失敗しただろう。最新作の持つダイナミズムが何かいまの時代と激しく同調しているように感じるのは、おそらく僕だけではないはずだ。

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スター・トレック
監督:J.J.エイブラムス
出演:クリス・パイン、ザカリー・クイント、エリック・バナ、
ウィノナ・ライダー、ゾーイ・サルダナ、カール・アーバン
(2009年/アメリカ/126分)パラマウント ピクチャーズ ジャパン

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