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2009/06/12

『レスラー』

 ダーレン・アロノフスキー監督といえば、これまで『π』『レクイエム・フォー・ドリーム』『ファウンテン 永遠につづく愛』など、テーマ、演出ともに“超感覚的”な作品がトレードマークとなっていたが、彼が『レスラー』で選んだあまりに土臭い題材に度肝を抜かれた。それは『ファウンテン』でヒュー・ジャックマンが涅槃の境地に達してフワリと空中浮遊してしまうのを埋め合わせるかのように、足がしっかりと接地した作品だったのだ。

 ひとりの大男の背中が映し出される。出番を待つレスラー「ランディ"ザ・ラム"ロビンソン」だ。かつては全盛を誇った彼も、仲間がひとりまたひとりとリングを後にし、今では若手に囲まれた最古参となっている。それでも彼は現役をやめない。日々、肉体を駆使して観客にアピールを続ける。

 ランディもバイト上がりに会場へと駆けつける日々を送っている。彼が現れると観客は湧く。後輩たちも彼に敬意を表している。そこはランディにとってとても居心地の良い場所のように思えた。試合後の楽しみといえば、お気に入りのキャシディが働くストリップ・バーへぶらり立ち寄ることくらい。

 こんな生活がずっと続くものと思っていた。しかし長年のステロイド剤の服用と肉体酷使は少しずつ彼の寿命を縮めてもいた。霞む視界。おぼつかない記憶力。危険な流血マッチをなんとか終えた彼はロッカールームで遂に倒れる。医者からは「このままリングに立ち続ければ生命の保証はない」との宣告。ランディはついに、かつての戦友たちとおなじくリングを降り、遅まきながら第2の人生を歩むことを決意するのだが・・・。

 これはプロレスのことしか知らずに生きてきた男が、ふと人生に行き詰まり失ったものを取り戻そうとする物語だ。主演のミッキー・ロークといえば80年代を皮切りにその野獣のような魅力で人気を集めた俳優だったが、あれから20年、『レスラー』で彼が演じるランディの人生は“マッチョの終焉”という言葉が浮かびそうなほど哀愁を帯びている。

 リング上ではヒーローでも、実生活では家賃の滞納でトレーラーからも追い出され、娘にも嫌われ、バイト先でも小言にさらされる。そんな彼が医者に「もう二度とリングには立てない」と宣告されながらも、ある一つの決断を下す。それはもはや頭で導き出された答えではない。身体もしくは筋肉細胞レベルで(それこそダーレン・アロノフスキー特有の“超感覚的”に)その魂があるべき場所に立つことを望んだのだと思う。あのニヒルなミッキー・ロークが赤子のように純粋な表情でそう決心する。だからこそ僕らは胸にこみ上げたものを押さえられなくなる。

 時代はあらゆるものをスリム化する。汗臭いものを排除する。マッチョの生息場所も少なくなっていく。ランディとキャシディがバーで楽しそうに80'sミュージック話をするくだりは本作で最も印象的なシーンのひとつだ。

 「80年代は良かった、ガンズ・アンド・ローゼス!デフ・レパード!モトリー・クルー!それをニルヴァーナが台無しにした。ファッキン90's!」

 確かそんなセリフだったと思う。ニルヴァーナのファンがこれを聞いてどう思うかは別として、誰しもが自分の最も輝いていた時代を愛するものだ。そして80年代は確かにスタローンやらシュワルツェネッガーやら“マッチョ”な肉体が特権性を持った時代だった。

 もともと現代をこんなに酷い格差社会にしてしまった元凶は80年代にレーガン政権下で推し進められた新自由主義によるものだと言われている。ある人に言わせると日本と同じくアメリカでも80年代は「なにもなかった時代」と揶揄されたりする始末。けれどランディ&キャシディは「80年代は良かった」と嬉しそうに意気投合する。彼らは別に評論家ではないし、そうである必要もない。ただ素直に、自分の人生を振り返って「良かった」と笑う。

 本作は彼らの全盛期の映画ではない。レスラーとストリッパー、ともに観客に肉体をさらす仕事に生きるふたりの、いわば人生の「のりしろ」を描いた物語だ。でもだからこそ人間の生き方が最も象徴される瞬間でもある。それを見越したかのようにカメラはスクリーン上に主人公の姿を刻印して幕を閉じる。バックにはブルー・スプリングスティーンがランディ“ザ・ラム”ロビンソンを祝福するために書き下ろした曲が流れる。

 人生は舞台であり、リングであり、ストリップ小屋のステージでさえあるのかもしれない。そして改めて思う。人はあんなに高く飛べるのだと。

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レスラー
監督:ダーレン・アロノフスキー
出演:ミッキー・ローク、マリサ・トメイ、エヴァン・レイチェル・ウッド
(2008年/アメリカ)日活

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