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2009/06/07

『マン・オン・ワイヤー』

 昨夏、イギリスで観たドキュメンタリー映画"Man on Wire"が、晴れて日本でも6月13日より全国順次公開される運びとなりました。時は1974年、今は無きニューヨークのツインタワーに一本の線を張り、その上を優雅に歩き渡った男の話です。映画の感想はすでにこちらに掲載済みですが、日本での試写を拝見していろいろ想うところもありましたので(何よりも“字幕付き”でしたし)、あらためてレビューします。

Man_on_wire

 パリのノートルダム寺院、シドニーのハーバーブリッジ、と前菜が並ぶ。マイケル・ナイマンの音楽がその過程を彩り、そしてメインディッシュとなるツインタワー攻略に向けてフィリップが一歩そのワイヤーに足を踏み出したとき、エリック・サティの最も有名な楽曲がフィリップの挑戦を神秘的に祝福する・・・。

 『マン・オン・ワイヤー』のこのハイライト・シーンはまさに息をすることさえ忘れてしまうほどの美しさだ。この20世紀最高の芸術的犯罪<WTCの綱渡り>は地上からも目撃された。誰もがファンタジーの世界から迫り出してきた未知なるものと対峙するかのようにフィリップの姿に釘付けになっている。落ちる、落ちない、の問題ではない。きっと彼ら(歩行者)にとってみればフィリップの身体があの場所にある光景は、天から舞い降りし天使とまみえたに等しい衝撃をもたらしたことだろう。なにか聖なる瞬間に出くわしたときに浮かべる敬虔な表情を、彼らは浮かべていた。そのリアクションを観た僕らも自ずと同じ表情を浮かべ、気がつくと僕の目頭からは涙があふれていた。

 もちろん彼のことを「お騒がせ人」と一蹴する人もたくさんいるだろう。僕だってこの映画を半分見終わってもそう思っていた。それでも彼の挑戦は多くの人に“伝説”として認められ、本作はアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門のオスカーをも獲得してしまった。

そこにはフィリップの奇行を受け入れた当時の時代性といったものがあっただろう。と同時に事件を担当した黒人警官が映画の中の記者会見で語った言葉が印象的に蘇ってくる。曰く、「個人的なことを言わせてもらえば・・・すごいと思いました。あんな光景、普通じゃ考えられないですよ」。彼は警察官である以前にその場の目撃者であり、フィリップの挑戦を(善悪を超えて)ハートで素直に受け止めた人間のひとりであったのだ。このことからもフィリップの芸術的犯罪が多くの人々を大きく突き動かす“意味”を持ち得ていたことが理解できる。

Manonwire_2 
 ただし『マン・オン・ワイヤー』には2001年のテロに関する言及がいっさい無い。その意図するところは何なのか。僕がこの1年くらいずっと抱いていた疑問に映画の文字資料が回答を与えてくれた。

 「ツインタワーの悲惨な出来事は、(フィリップ・プティの)素晴らしい挑戦を祝うことに対して正反対だからです」(監督談)

 なるほど、本作はフィリップ・プティとその仲間たちが成しえた1974年の奇跡にのみ言及することによって、あの時、あの上空でふたつのタワーを結んだフィリップの姿に様々な“記号”を付与したのだ。

 スクリーンにあの決定的瞬間が映し出されたとき、世界のあらゆる事象は「2つの塔とその歩行者」という図に集約される。文化、宗教、価値観、人種、夢、愛、生活・・・人間が乗り越えるべきふたつの巨大な障壁を、男はいま、優雅にゆっくりと踏破していく。それこそが人生、そして世界なのだと言わんばかりに。

 かつてタワーが崩壊したとき、誰もが「この先どんなにCGが発達しても、あれ以上の衝撃はありえないだろう」と語っていたのを思い出す。しかしあの忌まわしき記憶は、これまた全くCGを用いないドキュメンタリー映画『マン・オン・ワイヤー』によって、新たに大きく更新されることになるだろう。

 そして本作のあまりの美しさをスクリーンで浴びながら改めて思うのだ。もしも2001年、テロリストが破壊ではなくふたつのタワーを希望で繋ぎ、その上を歩き渡っていたならば、彼らはその後の世界を大きく変えていたかもしれない、と・・・。

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マン・オン・ワイヤー
監督:ジェームズ・マーシュ
出演:フィリップ・プティ
(2008年/イギリス)エスパース・サロウ

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