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2009/07/31

『G.I.ジョー』

今夏最大のアクション・エンタテインメントとして注目が集まる『G.I.ジョー』。そのサブタイトルに"The Rise of Cobra"とあるように、彼らは第一作目ながらすでに続編への意欲で満ちている。その自信と気合のほどは、映像革新において一線を越えてしまったスタンスにおいても明らかである。

今思うと、1960年代にベトナム従軍兵をモチーフとした玩具シリーズとして登場したG.I.ジョーは、その出発時点で善なのか悪なのか混沌とした存在だった。そのためシリーズが存続するためには善悪の多様性にもがき苦しむ昨今のヒーローとは大幅に異なり、G.I.ジョーはこの映画版においても単純な「善悪二元論」を持ち出し、自らを列記とした善の側の使者としてスポットライトを浴びる。

そして2009年、いまや彼らはNATOの秘密軍事組織として、各国の超優秀兵士たちによって構成された超ハイテク部隊となった。

ハリウッド映画に善悪二元論が帰ってきた。われわれ映画を愛する者にとって「Rise of Cobra」とは、まさにその二元論―ヒーロー物の基本であり、物語を単純化する麻薬でもある―の再起動を指す。そのようなストーリーに瞠目すべきところは存在するはずもない。

しかしそれにしてもこの迫真の映像はどうか。パリの中心街を舞台に展開する一連のシークエンスはたったそれだけでこの映画をめぐる批判を粉砕するパワーに満ちている。

だいたい、いくら肉体強靭といえどもパワード・スーツで道路をビョンビョン跳ねまわる超人と化したG.I.ジョーの兵士たちが、コブラの面々を追ってシャンゼリゼ通り→凱旋門→セーヌ河を疾走してみせるのである。そのカメラの動き、ストップモーション、爆破、衝突、破壊。『ハムナプトラ』のスティーブン・ソマーズがCGIを駆使して描くビジョンは、ここ最近作で最も軽やかでインパクトのある荒唐無稽なアクション・シークエンスといえる。

それでいて破壊のレベルも観光ガイドの域に達している。かつてゴジラが日本各地にある名所を破壊するたびにご当地から感謝される存在であったように、本作もパリ市から表彰を受けるのが妥当なほどパリの街を蹂躙し、挙句の果てには9.11テロのテレビ映像に誰もが「あの恐ろしい記憶は二度と繰り返すまい」と誓った言葉が性質の悪い冗談だったのかと思えるくらいに、この映画の作り手たちはパリ市民の心のシンボルともいうべき“あの建物”を容赦なく鉄屑と処するのである。

"Cobra"、それは僕ら映画ファンにフィクションの麻薬性を再び見せつける巧妙なスイッチである。テロを起こそうと暗躍するコブラ団、それを阻止しようとするG.I.ジョーの拮抗はまさに9.11以降の映画文法について思い悩んできた映画製作者、それに僕ら映画ファンの深層心理に潜む根源的な、そして最も激しい戦いなのである。(だからこそ両陣営は対称性をなしている。)

他人の悲劇に喜びを見出し、流す涙に充足感を享受し、カタストロフィーの名のもとにどんな災害や破壊すらも「すっげえ迫力!」と笑い飛ばしてしまえる僕らの感覚。それは時にイマジネーションの爆発であり、時にむなしい自慰となる。9.11以降つなぎとめてきた鎖はついにむしり取られ、狂犬が放たれた。それを使いこなすのは僕ら自身なのだ。

願わくば続編公開時にはストーリーがもっと深みを増し、それを見つめる僕らの心理にも技術(CGI)に凌駕されない深い洞察力が備わっていますように。

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G.I.ジョー
監督:スティーブン・ソマーズ
出演:チャニング・テイタム、シエナ・ミラー、イ・ビョンホン、
レイチェル・ニコルズ、マーロン・ウェイアンズ、デニス・クエイド
(2009年/アメリカ)パラマウント ピクチャーズ ジャパン


スティーブン・ソマーズ作品でおなじみのあの人も、訓練シーンにカメオ出演しています。

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