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2009/08/14

『96時間』

かつて忌野清志郎は「昼間のパパは~」と歌った。あなたは(あるいはあなたのパパは)「ちょっと違う~」あるいは「男だぜ~」と断言できるくらい輝いていますか?

96時間』(原題"Taken")はコンパクトに洗練されたアクション大作であると同時に、あらゆるパパたちの生々しい願望としても捉えうる作品だ。全米興行では9週にわたりTOP10入りを果たし、興収2億ドルを超える快挙を達成。これは全国の親父パワーが幸いしたと、そうであってくれれば嬉しいと、僕は思う。

主人公ブライアン(リーアム・ニーソン)はかつて仕事に取り憑かれ、愛想を尽かした妻と娘に逃げられた男。いまや妻は大富豪と再婚し、娘もそこで不自由なく暮らしている。結局、男はひとり取り残され、家族の想い出を噛みしめながら孤独な毎日を送っている。

日本に比べて離婚率の多いアメリカで、こういうパパはどれだけ存在するのだろうか。『96時間』は彼ら(孤独なパパ)にとって「娘の誕生日」こそが汚名挽回の勝負どころなのだと教えてくれる。胸を張って誕生会に乗り込み、プレゼントの包みを手渡し、娘の喜ぶ顔を享受する。この瞬間、妻の再婚相手に「おれがこの娘の正真正銘の父親なのだ」と無言のアピールを執り行うのである。

しかし今回は相手が悪かった。なにせ大富豪なのだ。ブライアンとでは巨像と蟻。何一つ父親らしさの特典を得られず、彼はトボトボと帰途につく…。

しかしそんな彼にとって最悪かつ最大のチャンスでもある事件が舞い込んだ。友人とともにフランスへ旅立った娘が現地で何者かに襲われ、携帯ごしに助けを求めてきたのだ。瞬間的に、ブライアンの表情は家庭のパパから仕事人のそれに豹変する。これから起こるのであろうことを娘に口早に伝え、反射的にICレコーダーを回す。

娘の声は悲鳴を上げて消えた。しかし携帯は繋がったままだった。電話の向こうでは誰かがこちらの様子をうかがっている。彼はこれまで見せたことのない冷徹な口調で相手に向かって最後通牒を突きつける。

「お前が誰なのかは知らない。何を望みなのかも分からない。もし身代金めあてなら、払える金なんて持っちゃいない。だが私には極めて特殊なスキルがある。長年のキャリアで身につけた、お前らにとって悪夢とも言うべきスキルだ。もし、いまこの場で娘を解放したなら、これで終わりにしよう。お前を探しもしないし、追跡もしない。だが、解放しないのならば、私はお前を追い、お前を見つけ出し、そして殺す」

このセリフには一字たりとも偽りが無い。観客は彼が電話を切った直後に行う一瞬の無駄もない動作からそのことを直観するだろう。家庭のパパと仕事のパパ。決して出会ってはいけなかったふたつの顔が同居したとき、とてつもないパワーが地響きを起こす。彼は単独フランスへ乗り込み、娘の貞操を守るべく政府も慄くほどの怒涛の追跡劇を開始するのである。

これは「スーパーマン」と同じ構造である。リーアム・ニーソン演じる朴訥な父親が正体をさらすとき、誰もがその場にひれ伏し、一度は彼を見放したはずの妻と娘が「パパ!」と尊敬のまなざしを寄せる。最大の敵とも言うべき大富豪(妻の再婚相手)でさえも「くっそう、負けた!」と白旗を上げる。

しかし僕は一方で思う。これはすべて夢なのではないだろうか、と。

冒頭、幼かった頃の娘の誕生日の様子が映し出される。ろうそくの火を吹き消す娘のあどけない表情。ふうっ。その瞬間、煙にまみれるようにしてブライアンが夢から覚める。もしかすると『96時間』はこれに連なるブライアンの叶わぬ夢だったのではないか…。

このように多元的にも楽しめるのが本作の魅力。家庭人とプロフェッショナルの二つの顔を使い分けるリーアム・ニーソンの演技がそれを可能にしたと言うべきだろう。

そしてこんなにミニマルで密度の濃い脚本を執筆したのは、なんとあのリュック・ベッソンなのだ。職能を持った人間とその孤独を描かせると彼はやはり抜群に強い。

印象的なセリフをもうひとつだけ。

「娘のためならエッフェル塔だって壊してみせる」

ほんとうにエッフェル塔を壊してしまった『G.I.ジョー』と、セリフだけでその可能性を示唆してみせた『96時間』。どちらが優れているのか言い当てるのは野暮ってものだが、実際はその両者の幅広さこそがいまの映画界を支える原動力と言えるのだろう。

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リュック・ベッソン製作・脚本のもと、監督を務めたのは『アルティメット』のピエール・モレル。
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