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2009/09/11

Auschwitz

twitterではすでにご報告ずみですが、8月21日~9月3日までの英国滞在中にポーランドまで足を伸ばしてまいりました。一泊二日の強行軍で目指した先は、首都ワルシャワから遠く遠く離れた小さな町、オシフェンチウム。アウシュビッツ収容所はその町にありました。

なぜアウシュビッツに行こうと決めたのかは僕にも未だによくわかりません。ただし、きっかけとなったのはやっぱり映画でした。もちろんこれまでにも第二次大戦やナチスドイツや収容所を扱った膨大な量の映画がありますが、その中でも僕にとって『縞模様のパジャマの少年』という映画が発火点になったのではないかと思います。この映画は一見他愛のない子供映画のように思えますが、ラストシーンに現代人の皮膚感覚をザワザワつかせる得体のしれない衝撃を秘めた作品です。

たぶん、この映画を観た直後から、収容所で起こった悲劇について、教科書で習った「歴史」ではなく、ほんの65年ほど前に起こった現実として周波数を探ろうとする僕の身体の中の別回線が開いたんだと思います。とにかくスクリーンの前に座っていても何も始まらない。そこに立ってみて一体何を感じるのか自分に賭けてみたい気持ちにとらわれたのかもしれません。(当初の僕にはここを訪れさえすれば目の前の景色がパアッと違ってみえて啓示的なものが脳内を貫くかもしれない…という願望じみた考えさえ抱いていたことを告白しておきます)

そしてもうひとつの回線として、長崎にというジェノサイドの地で生まれ育った自分の少年時代の記憶がありました。すでに原爆が投下されて30年以上経過してから生まれた僕ですが、幼いころに原爆資料館で目撃した展示物はその後の僕を一週間も一か月も不眠症にさせてなお余りあるものばかりでした。今でも資料館に足を運ぶと、一瞬の光の炸裂によって生きているままに身体が消滅し、近くにあったハシゴとともに「壁に残ったただの黒い影」になってしまった写真があるのですが…どんなに悲惨なパネル展示にも増して、当時の僕の頭の中ではこの一瞬にして人間が黒い沁みになってしまうことの意味合いについて整理できないものがあまりにも多すぎました。彼はどこにいったのだろう、と。なぜそうなってしまったのだろうか、と。

そしてアウシュビッツにも、人間であることをいとも簡単に否定されてしまった人たちが大勢眠っています。それが別名「絶滅収容所」と呼ばれる所以です。一族もろともここで命を奪われ、名前さえ残っていない人々のエピソードは、僕の心の中に長年引っかかっていた「黒い沁み」と共通するものがあったのかもしれません。

正直、何から書き始めればいいのかわかりませんし、アウシュビッツで僕が結論じみた何かを手に入れたわけでも到底ありません。僕の頭のなかは今なお混乱しています。ただ事実として、僕は日本から英国、そしてポーランドへと飛んで、なんとか現地へ到着することができました。それは願いさえすれば叶う、拍子ぬけするほど簡単な旅でした。

奇遇にもtwitterでの報告をご覧いただいた方から「どうすればアウシュビッツまで行けますか?」というメッセージをいくつかいただきましたので、これが最適なルートであったかどうかはわかりませんが、とりあえず僕のたどったルートを主軸として、そこに僕が現地で書き込んだメモや、今だから感じることなどを思い返して付け加えていければと思います。ご興味おありの方はお付き合いいただけると幸いです。

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