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2009/09/27

『アドレナリン:ハイ・ボルテージ』

これまでアクションやサスペンスといったジャンルに緊迫感をもたらすのには「時間的、空間的な制限を加える」という手法がほとんどだった。『アドレナリン』シリーズのように主人公の体調がひとつのリズム、リミットを刻むというありかたは、どう批判的に見たとしても「新しい」と言わざるを得ない。

新しいものは量産される。というわけで第2弾の登場である。アドレナリンを放出しつづけないと死んでしまう前作の特異体質から一転。我らが屈強ハゲオヤジことジェイソン・ステイサムときたら、今度は爆発的なスタミナを持つご自慢の心臓を中国マフィアによって奪われ、代わりに埋め込まれたのは充電式バッテリーだった…。

朦朧とした意識で「ぬあー!!」とバイオレンスな追跡劇を繰り広げ高と思うと、ちょっと暴れただけですぐに充電切れの赤信号。動力源を欲した身体にはビチバチと高圧電流を流し込み、チャージ完了した身体でまたもや「ぬあー!!」と追跡を再開する。あるいは小刻みに動いたり、むやみに興奮してみてもエネルギーは貯まるということで(どういう設定だ!)、ステイサム師匠はもはや自尊心のへったくれもなく、銃撃、セックス、感電、巨大化と、どんどんハードルの高い方向へと自らを追い込んでいく。

表向き、アホな勢いをどんどん加速させる本作だが、驚いたことにそのボルテージは一度たりとも初期値へ逆行することはない。ステイサムを追って縦横無尽にひた走る撮影カメラから過激アイディアを具現化していく破天荒な方法論に至るまで、この映画のクリエイティブ・チームは自らが課した無理難題をすべて右肩上がりにクリアして見せるのだ。タイトルの「ハイ・ボルテージ」はまさに製作体制そのものを示すもので、彼らの妥協の無さには感動さえ覚える次第である。

もちろん過激な描写への対価として日本の映倫からは問答無用で「R-18」が付きつけられた。しかしこれはもはや作り手たちにとっての勲章、あるいは観客に向けて「妥協しませんでした」と証明する免罪符として機能することだろう。

また、エンディングにはこれまでジャッキー映画か一部のアニメーションでしか許容されてこなかった「まさかのNGカット」が封入されている。普段はこの自己満足的なノリに苦笑い&早く席を立ちたいと思うことが多いが、本作を映画製作チーム全体で勝ち得た偉業として受けとめた僕にとっては、撮影の裏側を垣間見れるNGカットはまさに華々しいカーテンコールに等しかった。

実は、恥ずかしながら前作『アドレナリン』は観ていない。どうせくだらないB級ムービーだと高を括っていたからだ。そんな態度は早々に改めて、革新的なものをちゃんと見極める眼を持ちたいと思った。

まさか『アドレナリン:ハイボルテージ』なんかにそんな自己反省を促され、かつ前向きな啓発を授かるだなんて思ってもみなかった。

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