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2009/10/06

『アバンチュールはパリで』

ホン・サンスをご存じだろうか。とりあえずはその冠に「鬼才」と付けるのがよいだろう。キム・ギドクが体育会系の鬼才ならば、ホン・サンスは文科系の鬼才。作中とくに大きなハプニングがあるわけでもないが、他愛もない会話の積み重ねがおのずとキャラクター同士の微妙な均衡状態を浮き彫りにする。時にフフフと笑わせ、また時にヒリヒリと痛い。その総体は無色透明ながら少々クセのあるガス入りミネラルウォーター、といったところか。とにかく奇妙な監督なのである。

そんな鬼才監督が今度は『アバチュールはパリで』などと、いかにもすっとぼけた感じでラブコメディらしきものに挑戦しているのだから、寸分足りとも油断がならない。

フタを開けてみてニヤッと笑った。やはり冒頭のテロップから無茶苦茶である。

「どうやら僕が大麻を吸ったと先輩が警察に白状したらしく、僕は怖くなってパリに逃げてきました」

まるで小学生の日記だ。主人公は中年の男。突如降って湧いた人生のモラトリアム。逃亡生活は初日からジミ~に幕を開ける。しかも彼の職業は画家だという。といってもすぐに何か描きはじめる気配すらない。

この男、誰かに似てると思って考えてみたら、サンドウィッチマンの冨澤さんにガタイも雰囲気もそっくりなのだ。彼がコリアン・コミュニティの様々な人々と関わりながら、街を徘徊し、美術館で絵画を鑑賞し、昔の彼女と再会したり、妻がいるのに若い娘に恋しちゃったり、エッチなことばかり考えてしまったり、そんでもって「おれはほんとうにダメな人間だぁ!」と自己嫌悪に陥ったり。ほんとにしょーもない会話劇が続く。彼は何がしたいのか?どんな人間なのか?信用に足る人物なのか?そもそもホン・サンスはどうして彼を主役にしたのか?

でも本当に不思議なもので、いつの間にか他愛もないエピソードの集積が、観客の目線を人間観察へと向かわせる。母国から遠く離れて解放される心、逆に締め付けられる心。僕らはどこか遠い視線でこれらの光景を目にしている。人はなぜ裏切るのか?なぜあのとき素直になれなかったのか?なぜ嘘をつくのか?その果てに見つけた登場人物たちの言いようのない哀しみや孤独感が、知らず知らずのうちに心に沁みこんでくる。

で、ホン・サンス、よりによってこの映画を2時間25分ほどの長丁場へと仕立てあげる。海外生活と一緒で、最初は観客も時差ボケに陥ったみたくそのテイストと波長を合わせるのに様子見が必要だが、一度はまってしまうと時間の感覚を忘れ、このぬるま湯みたいなモラトリアムに浸かりきってしまっている。

そう、これはぬるま湯のような映画だ。ただしこの言葉を悪くとらえないでほしい。物語の起伏を必要とせずにこの状態(ぬるま湯)をずっと持続させることがいかに職人芸を必要とする所業であるかは、あとになって(帰りの電車の中などで)心に刺さった記憶の棘を抜いているさなかにふっと得心するものであろうから。

そのとき僕らは改めて確信するのだ。

ホン・サンスは鬼才である―

そして主人公の男はやっぱりサンドウィッチマンに似ている、と。

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