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2009/11/24

イングロリアス・バスターズ

クエンティン・タランティーノの最新作『イングロリアス・バスターズ』は、第二次大戦、ホロコースト、ナチズム、ヒトラーという我々が忌むべき負の遺産をぐつぐつ煮込んでかきまわし、そこに最後の調味料として最終兵器「映画」を加えたところでとてつもない化学変化が巻き起こる、タランティーノらしい珍妙きわまりない映画鍋だった。

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「この脚本は、ここ10年、ハリウッドの伝説として囁かれてきたんだ」。ブラッド・ピットが語るその言葉は、さながらタランティーノ映画のセリフのようだった。

というのもタランティーノ作品では“噂”あるいは“引用”が重要な軸となるからだ。どこかで観たことがあるような映画シーンを幾つもサンプリング&リミックスしながら、円卓にのぼる話題は都市伝説から芸能人ゴシップ、ギャングの噂から宗教、日常のウンチクまで。真相を語れる者はまずそこにはおらず、その場で実証可能なアイテムも存在しない。すべては曖昧なまま流れていく。なるほど、観客の心を引き付ける手段として“引用”や“噂”は絶妙な響きを持つ。「まずはこの距離感からはじめようか」とタランティーノの声が聞こえてきそうだ。

しかし彼の作品はそれだけじゃ終わらない。はじめ噂話や引用のレベルだった諸要素が、ジャンルやエピソードやカテゴリーを乗り越え、徐々に接近してくるわけである。ゆえに最終章、実態を伴ったすべての噂は、肉弾戦のごとくぶつかり合い、ともに壮絶なトルネードを巻き起こす。多少の批判は承知のうえで、『イングロリアス・バスターズ』でもその構造は変わらない、と言い切ってしまおう。

原題は"Inglourious Basterds"。このわざとらしいスペリングの間違いは、僕らが多国籍映画に触れるときの(たとえばドイツ映画、フランス映画など)変則的アルファベットの異国情緒を香らせるものなのか、あるいは努力して異邦人に成り澄ましながらもやっぱりアメリカ人としての尻尾が隠せないバスターズの武骨な面々を揶揄しているのか。

タランティーノは「特攻大作戦みたいな映画が撮りたかった」という言葉を実行しつつ、“引用”“噂”の羽根を左右に広げる。片方ではユダヤ人狩りの実行部隊としてハンス・ランダ大佐が冷酷非情な伝説をとどろかせ、もう片方でブラピ率いるバスターズは神出鬼没、かつ血も涙もないナチス・ハンターとしてその名をナチス内部へと浸食させていく。

しかしタランティーノにとって幾度も語り尽くされてきたナチスの戦争犯罪やユダヤ人問題などもはや興味の範疇でないようだ。

オープニングからスクリーンを思わせる洗濯物のシーツが翻り、その向こうからナチのジープが運命の到来を告げる(この時から映画のメタファーでいっぱいなのだ)。シーンごとに多様な言語が猛烈な勢いで飛び交う(僕はこの映画をイギリスで観たが、現地の観客は必死になって字幕を追い、歓声を上げて盛り上がる段ではなかったようだった)。また「フランス語は下手なので、これ以降の会話は英語でいいですか?」とエクスキューズを入れた途端、英語劇へと豹変してしまうのも(ハリウッド式ご都合主義)、これ、すべて映画のパロディであり、オマージュだ。

映画、映画、映画。

そして「やはり」というか、タランティーノは映画メディアが史上最もダークサイドに堕ちた瞬間にもスポットをあてる。ナチス・ドイツ宣伝相ゲッペルスによるプロパガンダ政策は、いわばタランティーノ作品史上もっとも巨大な“噂の拡張装置”と言えるだろう。つまりクライマックス、その噂は完全に取り除かれ、そこには肉体をもったナチズム本体が姿をさらすこととなる。

その究極の舞台として新作プロパガンダのプレミア会場が選ばれたのは必然だった。第二次大戦のヨーロッパをさんざん彷徨ったタランティーノは、結局のところ、自分のいちばん勝手知ったる自陣(映画館)へと全キャストを誘い込み、そこで映画的ギミックに満ちた問答無用の肉弾戦を展開するわけである。

いつしかユダヤ少女ショシャナ(ヒロイン)が成し遂げる壮大なリベンジは、カメラの背後に構えるタランティーノの狂おしいばかりの“映画愛”へとすり替わっている。

これまでの彼の作品でありがちだった“映画オタク的な愛”のレベルを遥かに越え、映画を食い物にした者たちへの恐るべき天誅が下される。そのリベンジに大量殺戮兵器は要らない。ただ劇場と映写機とフィルムさえあれば、いいのだ。これこそ映画の魔法を信じる守護天使による、史上最強、史上最悪のおとしまえ。

"Movie will Rock YOU!"

そんなタランティーノの絶叫が残響するかのように、エンドロールのさなか、情熱&狂気の焦げくさい香りがずっと鼻腔を刺激しつづけていた。

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高校生の頃に『パルプ・フィクション』を観たときの衝撃と、あとで友人から「ちっとも面白くなかった!」と罵られた思い出は、僕にとって忘れがたい映画の原風景です。

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