« 全米ボックスオフィスJan.15-17 | トップページ | 全米ボックスオフィスJan.22-24 »

2010/01/21

Dr.パルナサスの鏡

創造力を解き放て。
奇才テリー・ギリアムがとんでもない願望成就装置を引っ提げて帰ってきた。
Drparnassus_3   

どんな偉大な才能も、完璧であるよりは、予定コースを大幅に迂回し、大波を渡ってボロボロになって辿りついた究極の終着地であるほうが、よっぽど輝いて見えるときがある。

ことテリー・ギリアムにいたっては、彼には申し訳ないことこの上ないが、百人が百人、製作中の彼に何かトラブルが起こってほしいと願っている節がある。

というのも『未来世紀ブラジル』をはじめ衝突の絶えないギリアム作品は、いざ完成してみるとそのどれもがトラブルをバネにして奇想天外な創造性の魔物を手にしているからだ。なおかつ、モンティ・パイソン時代に出演したコントも含めて、彼の狼狽する姿は非常に劇画的で美しい。

Gilliam_2 

とはいえ、最新作『Dr.パルナサスの鏡』はご存じのとおり、「ヒース・レジャーの死」という、これまでとは全く比べ物にならないほどの悲しみに見舞われた。多くのファンはその訃報に触れるにつけ「ここまでは望んでいなかったのに」と胸を痛めたのではないか。

ショックのあまり一時は製作中止を示唆したとも言われるギリアム。

モンティ・パイソン時代から散々“死”を笑い飛ばしてきたとはいえ、これまでスタジオと闘ってまで創造性を守ろうとしてきた彼が、演技ではなく、はじめて本気で狼狽している様子がうかがえる。

しかし完成した作品を観て驚いた。現代ロンドンのパブ街で幕を開ける『Dr.パルナサス』は、そんな哀しみを微塵も滲ませることなく、いつも以上に跳躍力の増したギリアム・ワールドが、よくいえば万華鏡、悪く言えばアリ地獄のごとく繰り広げられていたのだ。

大きな積み荷を搭載した馬車に乗って現れる怪しい一座。時代錯誤の衣装でインチキくさい舞台を飾り立て、「さあさあ、お立ち会い!」と前口上を述べては客を壇上の装置(鏡)へと引きずりこむ。

そこは、迷い込んだ客の深層心理を具現化する不思議な世界。秘めたる願望が当人を陶酔させたり、はたまた暴走しすぎて当人を食いつくさんばかりに牙を剥いたりもする。その映像世界はモンティ・パイソン時代のコントやアニメーションを思い出させるシュールなものも多い。

ギリアムは確実に経験値を上げていた。ドキュメンタリー作『ロスト・イン・ラマンチャ』で描かれた過酷な通過儀礼を経たことで更に強度は増し、今回、見事な瞬発力で逆境を乗り越えてみせた。

彼は撮影済みのヒース・レジャーの映像をそのままに、残された撮影に必要な代役としてジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルというヒースと親交のあった3人の誘い込みに成功する。主人公の演技を4人の分業で成立させようというのである。

この決断、最初は断崖絶壁でくだした応急処置に過ぎなかったはずだ。しかしこれが、映画の見せ場として、またテーマとしても、極めて整合性の高い連結を見せつけることになる。

“早変わり”で盛り上がる歌舞伎や演劇と同じく、本作ではその役者から役者へのスイッチの瞬間に最高潮のダイナミズムが訪れる。ヒースからジョニーへ、またヒースへ戻し、そしてジュードへ…といった具合に、事態はバトン競争の意味合いを強めていく。

と同時に、やがて確実に訪れるヒース・レジャーのラスト・ショットが一体どこに埋め込まれているのか、さも時限爆弾でも抱えたかのような面持ちで見入ってしまう自分がいる。

Imaginarium_2 
一方、ギリアムの作品作りの裏側を想うにつけ、『Dr.パルナサス』のストーリーが鏡面的にギリアムの心理を映し出していることに気づくはずだ。

テリー・ギリアムは見世物小屋の親方Dr.パルナサスについて「彼は自分の分身なんだ」と語っている。そんな彼がトム・ウェイツ演じる悪魔の好き勝手を防ぐべく、駆け引きに出る。鏡のなかに侵入したお客が悪魔の推奨する「堕落した欲望」ではなく「節度ある願望」へ向かうよう促すのである。

この駆け引きに敗れれば悪魔によって愛娘が奪われてしまう。いや、すでにパルナサスには、悪魔の力によって1000歳まで生き長らえた“貸し”が存在する。すべてのカードは結局のところ悪魔が握っているのかもしれない…。

映画作りとは結局、悪魔(出資者、スタジオ)の力を借りてはじめて漕ぎだせるもの。監督はその手のひらの上で創作の自由を確保し、観客が思い描く願望と自分自身の正しいと信じる可能性、そして悪魔側の思惑を全て考慮したうえで、最終的な舵とりを行わねばならない。

ではこの映画におけるヒース・レジャーの役割とは何だったのか。彼は重要な登場人物というよりは、展開によって次々に姿を変え、最後の最後まで得体が知れない。

もしかすると、「パルナサスは私の分身だ」と言うのはギリアムの建て前で、本当はヒース・レジャーこそが創造性のブラックホール、つまりギリアムの深層心理の暴走を担っていたのかもしれないし、あるいは橋げたで首を吊り殺されそうになっているのを助けられたヒースの役どころトニーは、「鶴の恩返し」ならぬ映画の精霊の現れだったとも言えるのかもしれない。

いずれにしてもヒース・レジャーは、あの『ダークナイト』でも十分強烈過ぎたのに、この『Dr.パルナサスの鏡』ではもっと幻想的で意味不明に立ち振る舞いながら、いつしかあの世とこの世の境界線まで曖昧にし、そしてついには、鏡の世界に吸い込まれるように、ふっと旅立ってしまった。

IMDbによるとギリアムは、彼の最期のセリフが

"Don't shoot the messenger"

だったと公表している。

そしてギリアムは、後に何も知らないジョニー・デップがアドリブで全く同じセリフを口にしたとも語っている。

「ヒースはまだここにいる。ジョニーはヒースにチャネリングしたんだ。つまり、僕が言いたいのは、シャーリー・マクレーン(輪廻や精神世界の著作を持つ)が愛する事態ってわけさ!」

もしも劇場へ足を運ばれる際には、これらのセリフに注目されたい。(僕は聴き逃してしまった)

そして、ヒースにくれぐれも、よろしく。

↓この記事が参考になったらクリックをお願いします。

-----
TOP】【過去レビュー】【twitter

|

« 全米ボックスオフィスJan.15-17 | トップページ | 全米ボックスオフィスJan.22-24 »

【生きるためのファンタジー】」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/137483/47353102

この記事へのトラックバック一覧です: Dr.パルナサスの鏡:

« 全米ボックスオフィスJan.15-17 | トップページ | 全米ボックスオフィスJan.22-24 »