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2010/02/01

フローズン・リバー

『サウンド・オブ・ミュージック』でトラップ一家が「すべての山に登れ」と歌うように、人間の暮らしには常に登るべき山がそびえたつ。またそれを別の言い方で表すなら、「あらゆる場所に河が流れる」ともできるのだろう。我々の横断すべき、広大で、固く凍てついた河が。

カナダとアメリカの国境付近を横断するセント・ローレンス川は、互いの境界を強調するのみならず、崖っぷちに立たされた中年女性の心理状態さえ代弁する。

夫が新居の支払い金を持って蒸発した。その朝、レイはガウン姿で呆然と立ちすくみ、タバコをくわえ、目から涙を滴らせる。「自分が代わりに働くから」と主張する高校生の長男に母は「心配いらない」と言い放つ。親子間には口論が絶えない。しかし、彼らの想いは、幼い二男にだけは苦労させまいとする点で固く重なっている。それでも1ドルショップで働くレイに残された望みはゼロに等しい。支払いは滞り、父なき一家は旧家でクリスマスを迎えようとしている。

そんな中、モホーク族の自治区に住むライラと出逢ったことから運命が変わる。身の危険を顧みず、彼女たちは一線を越える。凍った河を車で横断してカナダへ渡り、そこで不法移民を乗せ、またアメリカ側へ。警察に見つかれば刑務所行きは免れない。しかし他に選択肢はなかった。家族を守るために、彼女は凍った河で、アクセルを踏む…。

Fr_2 中年女性たちのハードボイルドとくれば、まず思い出すのは『テルマ&ルイーズ』か。それと同時に、本作は緊張感みなぎる硬質なサスペンスに、社会派ドラマの様相をも芽吹かせる。そもそも「家が無くなる」という切実さはマイケル・ムーアの『キャピタリズム』を観た人ならば、このご時世でいかに多くの市民が胸に抱いている根源的恐怖であるかお分かりだろう。

そしてここでは、すでに冒頭から「家族」という社会の最小単位に亀裂が生じ、そこから地域社会、経済格差、そして民族の問題と、“フローズン・リバー”は庶民における多くのテーマを呑み込みながら、その不気味な存在感を際立たせていく。

しかしこの低予算のインディペンデントとして紡がれるローカルな物語は、ふとした拍子にグローバルへと手を伸ばす瞬発力さえも内包しているかのようだ。

たとえば、劇中、幼子が無邪気に尋ねる。「新しい家が届いたら、古い家はどうなるの?」。母親は慈愛に満ちた表情で分かりやすくこう答える。

「まず、取り壊されて、そのガラクタは中国へ送られる。鉄は溶かされて、そのあと、工場でおもちゃに形を変えて、それで船で送られてきて、ママの働く1ドルショップの陳列棚に並ぶのよ」

経済学的には当たり前のことかもしれない。しかし40歳代後半の新人女性監督コートニー・ハントは、このセリフで世界を鮮やかに一本の線上に連結してみせる。経済も、社会問題も、家族の問題も、良かれ悪しかれ、すべては繋がっている。遠いアメリカの「彼女たちの物語」は、つまるところ「僕らの物語」でもある。観客側にそうした意識の変化が芽生えていく。

我々は“河”と聴くと“断絶”を想起しがちだ。あちら側とこちら側。互いに相容れない領域。しかし本作のヒロインの心情から徐々に沁みだしてくるのはむしろ、不思議なほどに、この“繋がっている”というイメージ。それもポジティブかつ精神的な繋がりではないだろうか。

ファーストカットとして寒々しく映し出された大河は、ヒロインの心情の雪解けを察知するかのように、終盤ではもうフローズンではなくなっている。そうやってあらゆる季節は終わり、また始まり、巡り巡っていき、ここにもまた、絶えまなる“繋がり”が刻まれている。

と、ここまで見ると、本作のエンディングに庭先のブランコが象徴的に映し出されていたのも偶然とは思えなくなる。それはなぜかメリーゴーランド風に回転するブランコなのだから。

オープニングの大河と、エンディングの回転ブランコ。一見なんの関連性もないようなこの二者が、いま、あなたの頭の中で軽やかな連続性を見出せたならば、それこそ映画『フローズン・リバー』の導き出したマジックなのであり、この映画を観た者だけが体感できる「河の向こう側の風景」なのかもしれない。

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