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2010/02/25

ブラディ・サンデー

“ジェイソン・ボーン”シリーズや『ユナイテッド93』で今や名将の地位を確立したポール・グリーングラス。その持ち味がエンタテインメント領域にドキュメンタリーの風を吹き込んだことにあるとすれば、これは洋風・是枝裕和ということもできるのだろうか。
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そんな彼のブレイク作が『ブラディ・サンデー』(02)だ。もともと北アイルランドで起こった「血の日曜日事件」から30周年の節目に製作されたTV映画だったが、出来上がった作品を目にした関係者はそのあまりのクオリティの高さに驚き、速攻でサンダンス映画祭へ出品を決めた(観客賞を受賞)。英国でTV放映された直後にはロンドンの劇場でも一般公開され、後にベルリン国際映画祭では『千と千尋の神隠し』と共に金熊賞(最高賞)を獲得。グリーングラスの名は世界中に広まった。

これまでジャーナリストとして数々の報道現場で人と人とが本性を剥き出しにしながら衝突する様を見つめ、それをいかに視聴者へそのままの温度で伝えるかに苦心してきたグリーングラス。そんな彼がひとたび監督としてカメラの背後に立つと、一見その語り口には観客を突き放すストイックさが先行するものの、いつしかそれらは映像の生々しさによって観客の心をぐいぐいと内部へと引きこんでいく。

『ブラディ・サンデー』でカメラは下院議員アイヴァン・クーパーの一日に密着する。舞台は北アイルランドの都市デリー。カトリック信仰の厚いアイルランド共和国とは一線を画し、プロテスタント主導で英国の庇護下に成立したこの自治国は、少数派のカトリック信者たちが迫害にさらされ暮らしてきた過去を持つ。プロテスタントでありながらカトリック信者の人権を守ろうと立ちあがったクーパー議員は、この日、女性や子供も参加する大規模なデモを計画。それは彼ら少数派にとって大きな一歩であり、誰一人傷つくことなくすべてが平和的に遂行されるはずだった。

しかし駐留する英国軍の挑発によって一部の若者たちの感情が爆発、投入された英軍パラシュート部隊もこれ対して必要以上の反撃を加え、気がつくとあたりは実弾が乱れ飛ぶ、まさに地獄絵図になっていた。無抵抗の者が撃たれる。その負傷者を助けるべく駆け寄る者、白いハンカチを振って非暴力を訴える者もまた銃弾を受けて倒れる。逃げ回る彼らから「ああ、神様!」という心の呻きを何度聞いたことか。

203446_1020_a1972年に過ぎ去ったこの絶望の時間はもう返ってこない。記憶の中の歴史でしかない。しかしグリーングラスのアプローチは違った。彼はハンディ・カメラで、照明も使わないリアルな明度のもと、あたかも観る者がそこに居合わせたかのような臨場感と、胸をかきむしりたくなるほどの焦燥感とを再現してみせたのだ。13人の死者のうち、多くは未成年だった。その家族ひとりひとりに哀しい知らせを告げなければならないクーパー議員。デモ直前にはあんなに凛々しかった彼の表情が今では無惨にも蒼褪め、目線も足元も覚束ない状態に陥っている姿が、演技とはいえ心底身につまされる。

作り手と観客とが抱え込んだこのどうしようもない無力感は、すべてをかなぐり捨てて雪崩れ込むエンドクレジットで一気に爆発する。暗闇のなかで流れるU2のライブ音源"Sunday Bloody Sunday"。CDで聞いたときには何も感じなかったその哀しみ、怒り、衝動、責任、生命、未来といったイメージがしっかりと実態を持って伝わってくる。しかもそれらはクレジットが終わり画面に何も表示されなくなってもまだ延々と続く。ボノが"NO WAR!"と叫ぶ歌声が映画の枠組みを果敢にはみ出し、実社会へ向けて反響を増幅させ続けるのだ。

この瞬間、ポール・グリーングラスの作る映画の強靭さを改めて感じた。彼は自作が小綺麗な体裁で繕われた“作品”として閉じることを最も忌み嫌う人なのかもしれない。ほんとうに大切なメッセージは映画などで終わらせてはいけない。そんなごく当たり前のことを、グリーングラスのこのエンディングを見るまで、もうずいぶん長い間、忘れていた気がする。

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