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2010/03/26

アリス・イン・ワンダーランド

やはりティム・バートンの世界だった。ルイス・キャロルが著した「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」から約13年後、19歳に成長したアリスは、年齢、性差、階級など、数々の人生のプレッシャーにさらされ、白うさぎの懐中時計のカチコチに追い立てられるかのように穴のなかへ。その逆ベクトルに乗せて堰を切ったように3D世界を膨張させていく。『アバター』が繰り返される侵略史の中で人間の姿を浮き彫り(3D化)にしたように、3D技術は『アリス』でもそれなりに存在理由を明確化させているわけだ。

Rabbit_6

とはいえ、本作はまずティム・バートンが2Dで撮り上げ、それを後から3Dへと変換したもの。個人的には、立体演出が効いている部分と、そうでない部分との落差があるように思えた。その映像的インパクトは撮影段階から3Dに特化して進められた『アバター』と比べれば当然色あせる。

しかし反面、純然たるファミリー映画とはいえ、その隠れ蓑の合間から濃いティム・バートン色がおのずと現前化して迫ってくるのは大人として嬉しい限りだ。とくに狂騒の宴を貫く「私はまともなのか?それとも異常なのか?」という切実な問いかけには思わず胸が詰まる。

赤の女王と白の女王、両陣営によって引き裂かれたこの国(アンダーランド)で、何が正気なのかもわからなくなって不安と狂気に苛まれるマッドハッター(ジョニー・デップ)のキャラクターなど、ジョニーありきで進められた企画とはいえ、よくここまで膨らませたものだと感心する。ジャック・スパロウともチョコレート工場のウィリー・ウォンカとも似ていて非なる存在。最初は狂気の男かと思われた彼が、徐々に我々の身近な人間に思えてくるアプローチに多少なりともドキッとしてしまう。

Tea_party

善良キャラと思われがちな白の女王(アン・ハサウェイ)だって、その病的な動きや白塗りの表情からはひどく危うげなものが伺え、むしろ体内の苦々しいものをすべて思い切り吐き出した赤の女王(ヘレナ・ボナム・カーター)のほうがよっぽど健康的なんじゃないかとも思える。

他にもキャラは盛りだくさん。CGキャラにもアラン・リックマンやマイケル・シーン、スティーヴン・フライなど英国俳優による聴きなれた声が潜む。「リトル・ブリテン」で大人気のマット・ルーカスも憎々しい双子の子供に分身して登場。

一方、彼らが暮らす極めて他力本願なこのアンダーランド(ワンダーランドではなく)において、かつての冒険では“受け身”だった6歳アリスは、今や剣を手に“能動的”にこの国を突き動かそうとする。現実世界でプレッシャーにあえぐ自分自身を、思い切り奮い立たせようとするかのように。

そして、かつてのアリスを無償の安らぎで包み込んだ父の言葉が、めぐりめぐって不思議の国でも口にされていく見事な構成は、異化なるものを心から慈しむティム・バートンなればこそ。彼自身がこの言葉につき従うかのように映画作りを続けてきたことが、フィクションとはいえ無性に伝わってくる。(それがどんな言葉であるかはここでは教えない)

かくして「アリス」は闘う少女の物語に姿を変えた。ティム・バートン作品として飛びぬけて一番とは言えないが、その爽快感でいえば最たるもの。また、『ビッグ・フィッシュ』または『チャーリーとチョコレート工場』がバートンからすべての男の子へ贈られた映画だったとするならば、対する本作はすべての女の子に贈られた奇異なる映画として、燦然と輝く存在といえる。

そして大人も子供も、劇場を出る時みんな胸を張ってこう思うだろう。

「ああ、まともじゃないって素晴らしい!」と。

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