« モリエール、恋こそ喜劇 | トップページ | 第9地区 »

2010/04/07

タイタンの戦い

名だたるギリシアの神々をしても3Dの大波には抗しきれなかった。『アバター』革命の影響により急遽2Dから3Dへと変換作業が施された『タイタンの戦い』。それはアクションシーンを散りばめた、究極のホームドラマでもある。現在アメリカでも大ヒット中の本作3D版を試写した。

Clash_of_the_titans
とにかくギリシアの神々というのはやりたい放題だな、というのが率直な感想だ。とりわけ全知全能の神ゼウス(リーアム・ニーソン)は、ひと昔前の封建的なお父さん。人間から尊敬と愛のまなざしを受け取りたい・・・その一心で、反抗期にある人間どもに鉄拳制裁を加えていく。

その暴挙に人間側から反旗を翻すのがペルセウス(サム・ワーシントン)。実は彼は、ゼウスが人間の女性を騙して生ませた、半分人間、半分神の存在でもある。その事実をつきつけられ最初は戸惑うペルセウスも、徐々に運命を受け入れて・・・もういよいよ複雑な家庭事情。昼ドラの域。ただし厳密にいえば、本作がホームドラマに見えるのではなく、ホームドラマの原点こそがギリシア神話にあるわけだが。

Clashofthetitansheader1024x427_2 
・・・という設定は案外どうでもいい。今回の3D試写はX-PanDだった。巨大モンスター・アクションに関してはルイ・ルテリエ監督にも『インクレディブル・ハルク』で培った経験があり、そのダイナミックな演出には見ごたえがある。幾度も登場する海の質感も、スクリーンのこちら側にあふれてくるような膨張感があり、2Dからの変換という負い目を跳ね返すだけの成果はあげられている。

ただ3D仕様にしたことで素早い動きや複雑な立ち回りに視覚が追いつかないこともままある。おそらく2D版のほうが鮮明に楽しめるのではないだろうか。そして全編を通して「ここで3Dでこう魅せる!」という明確かつ強靭なビジョンの乏しさが感じられた。人間の視覚はとにかく適応能力がハンパじゃなく、手の込んだ3D映像でも、ものの10分もすれば更なる驚きを欲してしまうもの。そこを埋め合わせるだけの牽引力はもう一歩か(予告編で登場するザック・スナイダー(『300』『ウォッチメン』)監督作『ガフールの勇者たち』に比べると色あせてしまう)。

Clash_of_the_titan_us_2
付け加えておくと、フランス人監督による息吹のせいか、本作に登場するクリーチャーはハリウッド映画ではお目にかかれない奇妙な造型をしている。もっとも印象深いのは「目のない魔女たち」。これを見て真っ先に思い出すのは『パンズ・ラビリンス』や『サイレント・ヒル』といったところか。

また、キャストもリーアム・ニーソン&レイフ・ファインズという夢の競演あり(実生活では親友らしい)。北欧の名優マッツ・ミケルセンを重要な役どころに起用したり、ジェイソン・フレミング、それに『アバウト・ア・ボーイ』のぶちゃむくれ少年だったニコラス・ホルトが清廉な顔だちで登場したりと、何かとヨーロッパびいきなキャスティングで目を楽しませる。彼らが十分にアピールタイムを持てさえすれば、『七人の侍』趣向でもう少し面白みが上乗せできたのでは、というのは高望みしすぎだろうか。

↓この記事が参考になったらクリックをお願いします

ルテリエ監督も大ファンだというハリー・ハムリン&レイ・ハリーハウゼンによる81年版『タイタンの戦い』。ストップモーションで動くモンスターたちは、3D時代となった今でも変わらぬ大切な手づくり感を思い出させてくれる。リメイクを提案されたルテリエは「あまりに恐れ多い」と拒否したものの、もう一度オリジナルを見直し、「オマージュという形でいま僕らにできることがあるかも」と創作に着手したとか。

TOP】【レビュー】【TWITTER

|

« モリエール、恋こそ喜劇 | トップページ | 第9地区 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/137483/48021578

この記事へのトラックバック一覧です: タイタンの戦い:

« モリエール、恋こそ喜劇 | トップページ | 第9地区 »