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2010/04/22

プレシャス

今年のアカデミー賞で助演女優賞と脚色賞を受賞した『プレシャス』。それはハードな境遇から力強く立ち上がろうとする主人公の名前でもある。Precious_3サンドラ・ブロックが主演女優賞オスカーを受賞した『しあわせの隠れ場所』は人種や宗教や政治理念を越えて“手を差し伸べること”の尊さを訴えたが、『プレシャス』は黒人社会の中で自らの意志で“這い上がること”の重要性を発信する。とりわけ黒人映画の祭典"Black Reel Awards"で最優秀作品賞に選ばれたこと、そして独立系映画の祭典"Independent Spirit Award"で最優秀作品賞を受賞したことは、本作が裏オスカーとも言うべきこの国の文化的地位を築き得たことを示している。

よく黒人の色の度合いはチョコレートに例えられる。ハル・ベリーやビヨンセなどはまだ薄めのブラックだが(それゆえ白人層のウケもいいということも言われる。哀しいことだが)、一方『プレシャス』の主演ガボレイ・シドベはビター・チョコレート。作品自体もかなり黒人社会のディープな部分に踏み込んだ内容だ。

主人公は巨漢の少女。今現在、彼女の胎内には父親の子が宿っている。それは幾たびにもわたる性的虐待による結果だった。彼女は読み書きができない。学校の授業にもついていけない。父親はとうに自宅から消え失せた。代わりに鬼のような母親が居座っている。一日中何もしない母親。給付金をむしり取って気のままに生きている。そして、ある日、プレシャスはフリースクールの存在を知る。何かが変わることを期待して踏み込んだその場所で、仲間を得て、先生を得て、彼女は少しずつ変わっていく・・・。

こうして文字に起こすと気の滅入るような内容だが、リー・ダニエルズの描く映像は極めてシャープ。決して不快感を伴わず、停滞せずに澱みなく流れる。一日中カーテンを閉め切った部屋は真っ暗闇ではなく、逆に陽光がろ過された黄金色のようにも映る。その映像の一端を担うプレシャスの脳内逃避(妄想癖)も、彼女が地に足をつけて這い上がっていくに連れその影を薄めていく。

カメオ出演のマライア・キャリーとレニ-・クラヴィッツも脇役とはいえ絶妙な存在感で華を添える。こんな役を引き受けるとは何とも心憎い。マライアに関してはもはや彼女かどうかさえ気がつかないほどだ。『プレシャス』はかくも素晴らしい才能が幾重にも合わさって、ビター・チョコレートの境界線を魔法のように消し去っていく。オプラ・ウィンフリー&タイラー・ペリーという強力布陣が製作を担っているのも本作の存在感を広める原動力となっている。

そして極めつけなのがこの人。

Monique_2
鬼、悪魔、モニーク様。プレシャスの母親役として、助演女優賞オスカーをはじめ、賞レースでおびただしい数の栄冠に輝いた。その勝因を一言で述べると「とにかく妥協がない」のである。立ち上がろうとする主人公の背中にのしかかり、這い上がろうとする足にしがみつく。彼女がいるだけで重力5倍。酸素も薄まる。まさに主人公に憑りついた悪魔のような存在。この傍若無人さには観客もかなり苦しめられるが、でもどうだろう、次第に「これはすごい」と驚嘆のほうが増してくるのではないか。悪が強いと他が団結する。主人公と観客との共感力が強まるのも、ひとえにモニーク様のお陰と言っていい。

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『プレシャス』の原題は少々長くて、"Precious: Based on the Novel "Push" by Sapphire"。つまり、サファイアによる原作"Push"の映画化なんだよ、ということを注意書きのごとく入れざるをえないほど、この原作は黒人文化の中で影響力を持った作品と言える。ちなみに、Black Reel Awardsの昨年の受賞作は『キャデラック・レコード』、その前年は『ドリーム・ガールズ』でした。

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