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2010/04/04

ハート・ロッカー再訪

アカデミー賞作品賞を獲得した『ハート・ロッカー』を再見。

Thehurtlocker_2普段は映画の二度見など滅多にしないが、戦地を渡る歩くジェームズ二等軍曹と同じく、ぬるま湯のような映画ばかりと接していると『ハート・ロッカー』の限界越えの緊張感にもう一度触れたくなる。これはこれで観客側に蔓延した深刻な中毒症状と言えるのかもしれない。

『ハート・ロッカー』のアメリカ公開は昨年6月26日。その興業的幕開けとしてたった4館で封切られ、のちに上映館を532にまで増やしたものの、興業成績ランキングで10位以内に入ることはなかった。製作費は1200万ドル~1500万ドルと言われ、米国内での興収は最終的にそれを僅かに上回った1600万ドル近辺。この数字は記録が残っている分の歴代オスカー受賞作としては史上最低額と言われている。

本作は映画の描く虚構とはいえ、人々の目線を、机上の空論ではなく戦場そのもの&兵士の精神状態へと肉薄させた点で評価できる。そこは「戦争賛成、反対」では割り切れない世界。第一、兵士たちは銃の照準やビデオカメラといったレンズ越しにしか敵の姿を確認できない。「戦争とは何か?」という疑問は現場に行くほど混沌とした答えしか導きだせないのではないか。
Hurtlocker02_3
いや、そんな教科書的な書き方はやめよう。

僕の中で『ハート・ロッカー』は正直、戦争に対する新しいビジョンを打ち出すほどの斬新さはもちえていない。特筆すべきは究極的にサスペンスとアクションに尽きる。キャスリン・ビグローの演出はドキュメンタリー・タッチでいくのかと思いきや、いざ爆弾処理シーンに至ると、編集とカメラワークがストイックなデッドヒートを繰り広げ、まるで性的興奮が盛り上がるかのように、ひとつの絶頂に向かってギリギリまで緊張感を持続・膨張させていく。

面白いのは、主人公が爆弾処理班であるがゆえに、本作で仕掛けられた爆発物はほとんど「未遂」で解体されることだ。このあたり、まるでひとりの人間の中でうごめく自我とその制御本能との駆け引きを擬人化しているようでもある。そして暗喩的に描かれる限り、これは不謹慎でも何でもなく、ひとりの人間のありのままの姿として機能し得る。そして溜まりたまっていたものが暴発するかのように、ラストでは…。

ちなみにアカデミー賞なんて米映画界の総選挙みたいなものだ。大々的なキャンペーンも目白押し。たしかに『ハート・ロッカー』は確かに2度見したくなるほど優れた映画だが、オスカー獲得に至っては『アバター』に対抗しうる唯一の候補として流れが出来上がっていった感が強い。何よりもバランスを重んじるアカデミー協会の総意として、3D勢力に対するインディペンデント、男性主権に対するフェミニズム、占領される側の『アバター』に対する進駐する側の『ハート・ロッカー』という具合に、ふたつセットで負荷を相殺している要素が多数見受けられる。

そろそろ『ハート・ロッカー』をエンタテインメントとして評価したい頃合いだ。タイトルも"The Heart Rocker"で良いじゃん。映画は低予算であればあるほど、作り手の誤魔化しのきかない真価が発揮されるもの。世界中の多くの若手監督たちはこの映画を観ていろんな演出方法を学んだろうし、世界との闘い方、世界の驚かし方、そしてビグローみたく困難に屈しない精神力を培うためには何よりもまず“強靭な二の腕”こそ必須とされることを、身に沁みて学んだと思うのだ。

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