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2010/05/31

イージー・ライダー

映画の新しい時代は、轟音と共に始まった。

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冒頭、何機もの旅客機が男たちの頭上を越えていく。その耳をつんざくエンジン音はまるでギターのチューニングのようで、事を成し終えた彼らがようやくバイクにまたがって走り出すと同時に、ステッペン・ウルフの"Born to be Wild"が雄々しくもその映画のタイトルを告げる(既存の曲を劇中で使用したのは本作が最初期と言われている)。

ストーリーは単純だ。メキシコで手に入れた最高のコカインを密輸入して大金をせしめた男たちがアメリカ大陸を西から東へと横断して謝肉祭をめざす。その途上で出逢う人々はさながら“時代”の代弁者たちだ。ヒッピーの集落、田舎町のカーニバル、マリファナをふかしながらの焚き火、自由の意義、人々の視線、そして恐怖と怒り。景色はめくるめく変貌を遂げる。赤茶けた荒野は少しずつ緑を獲得し、徐々に水分(潤い)を宿し、流れる楽曲は抒情性を増していく。

60~70年代のアメリカン・ニュー・シネマの台頭において、カメラは据え置かれることを望まず、むしろ煮えたぎる感情に自ら肉薄することを求めた。この国の時代性を、そして隠された真実を率先して剥きだそうと試みた。何の因果か、その中心に、ピーター・フォンダ(製作・主演・脚本)と、数々のコカイン騒動でダメージを受け映画業界を引退しようとしていたデニス・ホッパー(監督・主演・脚本)が居た。途中で思わせぶりな登場を果たすジャック・ニコルソンの姿があった(彼のキャラクターもまた最高なのだ)。そしてクスリ漬けで収拾がつかない現場に愛想を尽かし去っていく人々も大勢いた。まさかこれが世紀の大傑作として歴史に名を残すことになるなんて誰が想像しただろう。

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かつてインディアンとカウボーイが死闘を繰り広げたという荒野を、2台のバイクがひた走る。アクセルとブレーキの切り替えみたく次々と視点の切り替わる編集が独特のリズムを刻みだす。ときおり陽光がカメラに乱反射し、神々しいまでの輝きにふたりの姿が呑みこまれる。また時として、映画が必要以上に前のめって、次のシーンが慌ただしく迫り出してくることがある。まるで付与された“未来”が、現在に向かってルール無用の乱入を繰り返すかのようだ。

これらの手法は公開から40年以上経った今なお観る者を惹きこむ。というより、僕には彼らが、『アバター』とは全く違うやり方で同時代性を浮き彫り(立体化)にしようと模索していたように思えてならない。

デニス・ホッパーが死した翌日、この映画を観ながら幾たびも武者震いに襲われた。そしてクライマックスのとんでもない幕切れには、それが何度めの観賞であったにせよ、必ずと言っていいほど打ちのめされる。どんどん上昇していく魂のごときカメラワークが指し示すものは、果たして昇天か?それともグッド・トリップか?でもこの日ばかりはデニス・ホッパーの冥福を祈らずにいられなかった。

ただし劇中では「神なんて嫌いだぜ!」なんてセリフも登場するのだけれど。

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デニス・ホッパーによる音声解説&メイキング映像付き。

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