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2010/06/08

パリ20区、僕たちのクラス

丸2年である。カンヌ映画祭のパルムドール(最高賞)受賞作が日本公開を迎えるまでにこれだけの月日が経過した。洋画を取り巻く景気の状況は、それほどまでに製作と公開に時差を必要としているのか。

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ただし、『パリ20区、僕たちのクラス』はそれほど待たされた甲斐のある素晴らしい作品だった。あのとき審査委員長だったショーン・ペンの賛辞はウソではなかった。セレモニーの壇上には生徒役の若者らが大挙して上がり、皆が映画とは180度ちがう無邪気な笑顔で受賞を祝福しあっていた。

どこにでもありそうな学校。クラス。そして生徒たち。冒頭で、担任の国語教師(この映画の原作者でもある)がコーヒーを一杯グイと飲み干して学校へ出勤、いや出陣する。そこはまさに生徒VS教師の決闘の場。毎日が個性と個性のぶつかり合いで、さきほど笑っていた生徒が、今はご機嫌を損ねてプイと他所を向く。しっかり手綱を引いていないと、どこにだって火種は生じる。そして教師も聖人君主というわけではない。うっかり言ってはならない一言を口にすることもある。ほんの些細な質問と答えが大議論へと変貌する。そこに、それぞれの家庭の事情、肌の色、民族の問題も透けて見えてくる。ここは言わば、ひとつの世界だ。日々うねりゆく大海原が無限に広がっている。

金八先生というわけでなく、中学生日記というわけでもなく、ただ開始のチャイムが鳴り響けば生き物のように一体化してうごめく“クラス”の存在がある。ここで醸成される空気は、クラスメイトそれぞれの表情、セリフ、仕草によって血肉化され、終始ダイナミックに対流しつづける。まるで演技とは思えない。その場の臨場感で観客を巻き込んでいく圧倒的な勢いがある。大したストーリーラインもないのに、130分間があっという間に過ぎて行った。

一見、無秩序。だが、全体を統合すると、その無秩序さえも包含して、母親の胎内のごとき安心感も見えてくる。彼らがいくら無茶をやったって、ここでは罰せられることもなければ、ギリギリの境界線を越えるまで追放されることもない。学校、そしてクラスという名の要塞が、彼らを守ってくれる。だからこそ教師とも全力でやりあえる。もう二度とは戻ってこないこの瞬間を、かれらは10年後、20年後、どう想い返すだろうか。

小生意気、かつ生き生きとした子役たちを見ながら、改めて学校という特殊な場所の記憶が懐かしく想いだされた。あそこは確かに、ある意味、聖域だったのだ。

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そう、この著者、フランソワ・ベゴドーこそ、本作の要たる国語教師なのだ。髪はちょっと薄いが、凄く顔立ちのいい人で、上映中は中堅の俳優さんかと思っていた。彼がテンパると額の筋がくっきりと浮き出て、すごくリアルだった。。。ちなみにパリを舞台にした18本の競作集『パリ、ジュテーム』では、ホラーの帝王ウェス・クレイヴン監督がパリ20区のペール・ラシェーズ墓地を舞台に面白い短編を紡いでいます。

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