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2010/06/12

ザ・コーヴ

「日本のとある入江で、イルカの殺戮が行われている!」。かつて「わんぱくフリッパー」などのTV番組でイルカの調教師を務めたリック・オバリーが仲間と共に日本へ旅立つ。その実態をこの目で確認し、映像に記録するために。。。筆者は昨年の東京国際映画祭でこの作品を観た。現在、日本公開が検討されているバージョンとは少々異なるらしいが、大方において内容に変わりはないはずだ。

はっきり言おう。アカデミー賞でドキュメンタリー部門のオスカーを受賞した『ザ・コーヴ』は、イルカ漁の反対派、賛成派に関わらず、日本人としても見ておいて損はない。第一、我々は「日本の文化」と呼ばれるものについて知らないことが多すぎるし、たとえ「入江」で行われていたことが血なまぐさい惨劇であったとしても、それを「文化」と位置づける以上、日本人には知る必要がある。

そしてもう一点、クジラ漁にしろイルカ漁にしろ、日本は世界中の反対派からモリで突っつかれることが多いが、それらの主義主張に貫かれた『ザ・コーヴ』を通して、日本の観客は彼らの巧みな戦略を目の当たりにすることになる。僕は「反対でも賛成でもどっちでもいいさ」的な腑抜けた人間でしかないが、もしあなたがイルカ漁に賛成、日本の文化には口出しさせないぜ、という主義主張の持ち主ならば、この映画をよく見て、それに対抗し得るだけの戦略を生み出す“踏み台”として利用すべきだ。何も怖がる必要はない。

 
そもそも本作を見た限りでは「なぜイルカやクジラを殺してはいけないか?」という究極的命題は解決しない。主要人物たるリック・オバリー氏について言えば、TV番組製作の現場で過労死させてしまったイルカへの贖罪からこの運動へと身を投じた、との説明がある。イルカとの交流の途上でオバリー氏は彼らが感情を持つことを実感したという。そして一匹のイルカが見せた最後の瞬間は「自ら生きることをあきらめ、息絶えたように思えた。つまり自殺だった」そうだ。なるほど、このエピソードだけとってみても伝わる人には伝わるのだろう。でも恐らく、日本では「個人の価値観の問題では?」と一蹴されてしまうかもしれない。

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本作が狙うのは、世界を相手にした“注意の喚起”だ。それも「事実の告発」と「娯楽性=サスペンス」を見事な合わせ鏡で提示する。ディープな日本の海沿いの町に西洋人がマスク姿で侵入し、「入江」の秘密を暴こうとする。それに対してTV慣れしていない地元の人たちが、まさかこれが世界中のスクリーンに映し出されるとは知る術もなく、必死に怒号を浴びせる。撮影クルーにとってはハードルが高ければ高いほど“いい絵”が撮れる。こちらにはアッと驚く技術力がある。テストにテストを重ねた撮影・音声機材の数々。そして各分野のスペシャリストたち。アメリカ公開時に海外レビューでしょっちゅう見かけた言葉を再利用するならば、それは、

「それぞれに特技を持った男たちがミッションにあたる、ドキュメンタリー版『オーシャンズ11』であり、『ミッション:インポッシブル』でもある」

というわけだ。これは日本人であっても多少ドキドキするし、時おりドキュメンタリーであることを忘れる。観客として心理的にも彼らクルーと共に入江へにじりよっている気持ちに囚われる。作業服の職員や警察官、そしてどこででもビデオカメラを手に監視の手を緩めない漁師たちの姿も、このミッションにおいて鼓動を高めるひとつの名脇役として機能してしまう。

また、世界的なフォトグラファーでもあるルイ・シホヨス監督の切り取る和歌山の海辺の風景は透明感にあふれ、実に美しい。この美しさが“運命の瞬間”において見事に反転する。ベールを剥がされた入江の実態とのギャップを高め、より一層、衝撃性を増す。。。

・・・衝撃性?

この映像で衝撃を受けるくらいなら、まずは一度、牛や豚の加工工場へ足を運んだ方がいいのだろうし、『いのちの食べかた』『キング・コーン』といったドキュメンタリーを目にして食文化の背景について学ぶのもお勧めしたい。そもそも食文化における「食べる」「食べない」の境界線は宗教観や文化や伝統、価値、嗜好性に由来する。上記の衝撃性を「食肉文化として当然のこと」と捉える人もいれば、「ジェノサイドだ」と非難する人だっている。彼らにとってイルカとは、人間が想像する以上の知恵を持ち、善き友人であり、食するなどとんでもない神聖なる生き物なのだろう。隔たりは大きい。この根っこの部分を一朝一夕で変革するのはとても困難だ。

『ザ・コーヴ』の作り手もこれら“衝撃性”や“エンタテインメント性”だけでこの問題が切り崩せるとは露ほども思っていない。

だからこそ、後半に登場するのは、ピンポイントで日本人へ向けられた告発だった。「海中での食物連鎖の頂点に立つイルカの肉には高濃度の水銀が蓄積されており、健康への影響が懸念される」。確かにこのことについては誰もが少しは耳にしたことがあるはず。しかも近代工業化に伴う海水汚染がこれに拍車をかけているという。これについてはさっそく地元でも調査がなされているようなので、この結果を待つしかないが、一方でどんな回答がもたらせられようとも相変わらず「ああだ、こうだ」論議は続き、両者の溝はなかなか埋まらない気もする。

結局のところ、僕は賛成派、反対派、どちらにも振り切れることなく、ただ本作が選び取った手法としてのエンタテインメント性だけに感心させられたのだった。といっても、シー・シェパードによる「ナショナル・ジオグラフィック」のドキュメンタリー番組ほどショウ化された振り切れ方が成されているわけではない。その点は素直に評価したいところだ。
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この先、イルカ&クジラ漁は引き続き日本に根をおろして末永くやっていけるんだろうか?もしもこれらを“日本文化”として守っていくならば、このグローバルな時代に世界へ向かって正当性をアピール、あるいは批判を緩和できるだけの視座と手法をもつ必要性がある。しかしそれにしても
和歌山県の太地町という日本の局部だけにその任を押しつけるのは気の毒だ。これは賛成派が一丸となって取り組んでいかねばならない課題だろう。

「上映中止を求める圧力」は逆効果だ。というのも、上映中止が報じられた数時間後、日本の有力紙にも先んじる勢いでAP通信がこの報を世界へ配信し、翌朝には日本のニュース番組でもこの案件が報じられ、人々の『ザ・コーヴ』への関心はかえって高まりを見せ、製作者の目的である「注意を喚起する」という目的はいっそう促進されたように思えるからだ。それどころかこのイルカ漁問題以外に「表現の自由」という全くベツモノの論議を付与し、リック・オバリー氏をして「中国や北朝鮮、キューバといった国々ではないんですよ・・・」と彼が前もって準備していたであろう最高のコメントを引き出す結果となった。さらには日本内外でさらなる一筋縄ではいかない論客たちがリング上に集結しつつある

映画観賞は何も楽しむためだけが全てではない。時には大きな苦痛も伴う。しかし究極的に多くの「気づき」をもたらしてくれる。

ちょっと変則的ではあるが、『ザ・コーヴ』はまさに「気づき」の宝庫だった。これを見た後、賛成派・反対派に関わらず誰もが攘夷派の渦中で奔走する坂本龍馬のごとく「日本はどう戦略を練っていくべきか?」と考え込むに違いない。グローバル社会がおぼろげなスタンダードを出現させる中、“ローカル”と“世界”の衝突は増加する一方だ。ここで闘い方を間違えると一気に世界からの圧力に潰されかねない。世界に通用するルールでオーディエンスを魅了しながら理路整然と主張できる方法論が必要となる。

これは何もイルカ漁に限ったことではない。世界を覆うあらゆる問題について言えることだ。

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