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2010/07/07

MORSE モールス

昨年、一つのスウェーデン映画が欧米をはじめ世界中に衝撃をもたらした。そのタイトルは"Let The Right One In"。日本では『ぼくのエリ/200歳の少女』という邦題で今週末より順次公開となる。

内容はというと。。。12歳の少女ヴァンパイアといじめられっ子の少年とが織りなす『小さな恋のメロディ』。。。といえばイメージが湧きやすいだろうか。映画の製作者に言わせると「とにかく原作に魅了されたんだ」とのことなので、日本でも翻訳出版されている原作本「モールス」を手にしてみた。作者のヨン・アイヴィデ・リンドグヴィストは"Let The Right One In
"の脚本も手がけている。

Morse1_3   

ストックホルムにほど近い住宅地で殺人事件が起きる。その手法はかなり儀式めいており、被害者は逆さに吊るされ、生血を抜かれていた。平和そのものだったこの街で、いったい誰が…!?同じころ、少年の暮らすアパートの隣部屋に少女が引っ越してくる。エリと名乗る彼女は、父親らしき男と二人暮らしのようだった。昼間にその姿を見ることは無い。いつも彼女と出逢うのは夜。「きみとは友達になれないよ」とエリは言う。その奇妙な立ち振る舞い、言動、そして日ごとに全く異なる顔色。漂う臭気。少年は彼女のことが少しずつ気になりはじめる。学校でいじめられてばかりいる少年にとって、彼女は大切な話し相手になっていく。そして彼の心にはエリへの恋心らしき想いさえ芽生え始めていた。彼女の正体が何者であるか、知らないで。。。

映画については拙ブログのレビューをご覧いただくとして、いやはやこの文体の放つ触感や体温に、これまで手にしたどの小説とも違う純粋無垢さ、陰湿さ、肌寒さ、仄暗さを感じた。また北欧産ということもあり、日本や欧米とは表現コードが少し異なる。繊細に描かれる少年と少女の心の危うさに、時おりドス黒い裏社会や、同性愛、その他の性に関するより直接的な表現も垣間見られる。重要人物となるパパ=ホーカンさんの人物像にしてもかなりエピソードが綴られる。映画で儚く散っていく彼が、原作ではあれだけでは決して終わらないのである。

とりわけ、映画版に歓喜した人たちのあいだで度々語られる「ホーカン=少年の未来?」という説に関しても、原作の前半部にふたりの行動が交互に描かれるなど、極めて意図的な対比構造を見てとれる。彼らは共に“愛する者を精一杯守ろうとする人たち”であるが、片や本能的に見返りを求め、片や愛のためなら全てを投げ打とうとする人たちでもある。

そしてやはり本作の美しさは、この一見ホラーとも思しき物語が、すべて少年の思春期の通過儀礼として成立している点だろう。誰のもとにも“エリ”はやってくる。そして多かれ少なかれ人間が他人を浸食し、生血をすすって生き合っていることに気づき、それでもなお人間が愛する者を守ろうとする生態を知る。

また、本文中には「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(神よ、我を見捨てたもうな)」という言葉が登場する。「エリ」とはヘブライ語で「神」という意味でもある。

ラストで鉄道に乗り込み出発する少年の表情が何と晴れやかなことか。本作が多くの大人たちの心をどうしようもなくくすぐるのは、彼らがかつて同じ列車に乗り込み、ふと気がつくと、いまこんな場所にまで旅してきてしまっていた、その張本人たちであるからなのではないだろうか。

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