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2010/07/03

フェアウェル/さらば、哀しみのスパイ

ときにフランス映画は国籍が不明になる。ロシアの即席オーケストラが演奏旅行と称してフランス本土へ殴り込みをかける『オーケストラ!』と同じく、『フェアウェル』はその舞台の大半をロシアに据える。さては「冷戦終結のきっかけを作ったのは仏国だ!」との存在感のアピールか。いや、そんな思惑を抜きにしても、本作は真夏をクールにしびれさせるスパイ物の快作なのだった。

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80年代、モスクワ。この地で暮らすフランス人技師(ギョーム・カネ)は仏国家保安局の依頼により、とある大物KGBとの仲介役を担わされることになる。彼の名はグリゴリエフ。つい先日「渡したいものがある」と仏政府筋との接触を求めてきた男だった。彼は信用できるのか?彼の目的はいったい何なのか?疑心暗鬼が渦巻くなか、この仕事に関してまったくの素人である技師とグリゴリエフとの間には、いつしか仄かな友情が生まれていた。そして幾度にもわたる接触のたび、手渡される物の重要性は増していく。それらは各国に散らばったソ連スパイが収集した最重要機密の数々。原子力潜水艦、スペースシャトル、エアフォース・ワンの設計図なども含まれていた。。。

当時のソ連は独力での研究・開発が限界に達し、もはや西側諸国とのパワーバランスを維持するにはスパイたちの情報収集に頼らざるを得ない状態に陥っていた。グリゴリエフは暗号名“フェアウェル”と名乗りこの事実を西側諸国へと提供し、各国の首脳たちは強い衝撃を受けることになる。それは彼らが初めて冷戦の終結を具体的にイメージできた瞬間だった。つまり、グリゴリエフの力を借りることでスパイを一斉摘発すれば、もはやソ連の国力は西側に対抗できなくなり、おのずと冷戦の勝敗も明白となるのである。

では、なぜ、グリゴリエフは母国を売るような行為に打って出るのか?ここにこそ、この男の一筋縄ではいかない決断が隠れている。彼を背信に走らせた想いに説得力が滲みでるかどうかは、つまるところすべて俳優の表現力にかかっているといっても過言ではない。そしてこの最重要人物グリゴリエフを演じる者こそ、映画監督として名高いエミール・クストリッツァである。

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彼の表情に刻まれた皺のカーブ、そしてイビチャ・オシムのごとく東欧ならではの奥まった目から放たれる鋭い眼光。KGBの大佐であることを納得させるガッシリとした体格。そんな“いかつさ”からは想像もできないくらいの優しさや熱っぽさを秘めた内面をも見事に演じきっている。

また、本作はふたりの主人公の関係性を“内心”に据え、もうひとつ世界政治を司る“外心”として物語にレーガン大統領、ミッテラン大統領といった政府要人たちを招聘する。東側諸国に対抗する仲間であるはずの彼らだが、政治体制や国のメンツ、政治理念の違いなどで互いに牽制しあうことも数多い。そんな執務室の権謀術数や彼らについて微かに耳にしたことのあるエピソード(レーガンが執務室で西部劇を視聴するのをこのんでいたり)を享受できるのも本作の持つ醍醐味のひとつ。これらを並列に描くことで、主人公らの友情が徐々に世界を動かしていく胎動が伝わってくる。

奇しくも本作の日本公開を祝福するかのように、つい先日、アメリカで“美しすぎるスパイ”をはじめとする現代のロシア・スパイたちが大量検挙された(本作でも美人スパイ役でダイアン・クルーガーがカメオ出演している。彼女は本作のクリスチャン・カリオン監督の『戦場のアリア』の主役でもあった)映画はエンドクレジットが過ぎればおしまいだが、現実世界はいまもあの<フェアウェル事件>の延長線上に存在するのだと改めて実感させられる事件だった。

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