« 全米興行成績Aug.13-15 | トップページ | 『ミレニアム』女優決定! »

2010/08/16

瞳の奥の秘密

1974年、ブエノスアイレス。全ての発端は血なまぐさい事件だった。美しい人妻が暴行され惨殺される。犯人逮捕に向けて捜査を始めた刑事裁判所の男女3人チームは、その途上でとある写真に隠された瞳に注目する。そこには何も語らずとも、微かな輝きの中に猛烈なる感情が渦巻いていた。「こいつが犯人だ」 彼らは確信する。取り調べが始まり、すべてが解決するかに思えた。しかし当時の特殊な政権下において、追い詰める側の彼らが、今度は生命の危険にさらされる事態に直面する。

あれから25年、事件の針は再び動き出そうとしていた―。

The_secret_in_their_eyes

この映画の中で忘れられないシーンがある。アルゼンチンといえばサッカー。本作にもそのスタジアムが登場し、大盛り上がりの観客席でチラリと被疑者の姿が目に飛び込んでくる。瞬時にして大観衆を押しのけてのチェイスが始まる。男はスタジアムから屋内へ逃げ入り、カメラもそれに必死に追いすがる。幾つかの乱闘を経て、男は上層階の窓から地上へと落下。それを追ってカメラも窓からフワリと舞う。そして着地。。。手持ちカメラで息つく暇もないほど臨場感たっぷりに活写されたこの長い長いシークエンス。騒ぎの後に心を落ち着けながらハッと気がついた。ああ!これ、全部ワンカットで撮ってたんだ!資料によるとこのあまりに骨太なシーンは撮影に9カ月をかけて準備したものだという。

『瞳の奥の秘密』は幾つかの異なるジャンルが独自の製法でブレンドされ、観客の瞳の奥で像を結ぶ。上記の追跡シーンなどは70年代のアメリカン・ニューシネマを彷彿とさせるザラザラした触感を残す。そこに捜査チームの男女の瞳の奥で交わし合うストイックな恋愛劇がドラマを盛りたて、また、殺された妻を想う夫の秘めたる感情が、数十年時が経過しようとも一向に変わらぬ哀しみの強さを物語る。

加えて、本編中ではほんの一瞬しか語られないが、アルゼンチン現代史も本作のベースを形作る重要な布石となっている。1974年といえば病死した大統領の後継としてその妻イザベル・ペロンが政権を取った年。本作がアカデミー賞外国語映画賞を受賞した際、ロイター通信では「イザベル・ペロン政権下は極右組織AAA(トリプルA)が暗躍した時代でもあり、反政府的と見られた数百人の人たちが行方不明になるなどキナ臭い事件が多発した」と解説が施されていた。本作で主人公らが置かれる立場は、戦前日本の特高警察が圧力をかけてくる状況と似ているかもしれない。

マホガニー調の色彩に黄金色の光明が差し込む中で、ひとりひとりの登場人物が宿した瞳の奥の輝き。物言わぬその佇まいが、溜息が出るほど濃厚で奥深い人間模様を刻み込む。殺人事件はきっかけでしかない。この映画は様々な要素がせめぎ合う現代史の途上で、彼らが置き去りにしてきた想いを今ようやく口にできるまでを描いた、長い長い道のりでもあるのだ。

この記事が参考になりましたら、クリックのほどお願い致します。

TOP】【レビュー】【TWITTER

|

« 全米興行成績Aug.13-15 | トップページ | 『ミレニアム』女優決定! »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/137483/49157577

この記事へのトラックバック一覧です: 瞳の奥の秘密:

« 全米興行成績Aug.13-15 | トップページ | 『ミレニアム』女優決定! »