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2010/08/29

トイレット

そうそう、ウィル・スミスもマドンナも、みんな日本製のトイレが大好きなのだ。アメリカで映画の勉強を積んできた荻上直子監督にとって、この文化的な差異は、「日米」「祖母と孫」という儚くも巨大な壁を描くにあたっての絶妙なる象徴として映ったのだろう。

それは日本からやってきた「バーチャン」とアメリカ人の孫たちの奇妙な共同生活のおはなし。全編英語。そして時折もたいまさこが、言葉を越えた超常的な存在感でその場を席巻し、瞬く間に本作の国籍を消滅させていく。

実は、筆者は『かもめ食堂』が苦手だ。北欧での出逢いと併走を描いたあの作品には人生の大切な要素“別れ”が存在せず、映画が終わってもあの物語が変わらずずーっっと続いていくことを考えると、それはそれで登場人物たちにとっては幸福なのかもしれないが、自分のバーチャルな体験として捉えるとちょっと恐ろしくなってしまった。。。というのは観客としての勝手な言い分だろうか。

だが『めがね』は違った。そこが日本かどうかもよくわからないリンボな島での出逢いと併走のみならず、別れと再会までをも輪廻転生のごとくグルリと描き、確実に物語の強度が増した。というか世界観が広がった。

そして本作『トイレット』はどうかというと、オープニングのシーンからして既にもう“別れ”なのである。荻上作品は同じ色調に見えて、少しずつ変化している。いや、むしろ、荻上監督にとっては“別れ”こそ重要なテーマのひとつであり、『かもめ食堂』での“別れの不在”は、反転するとむしろ、“言い尽くせないほどの別れ”だったのではないかとさえ思えてしまう。

荻上作品は確実に変化を遂げている。テーマ、題材、設定のどれをとっても、『トイレット』には彼女の映画作家としての覚悟を感じる。この映画が最高とまでは言わないが、何かが起こる前の助走のような、未知数のざわめきがある。

人は誰しも、トイレットの前に平等である。どんなに高名な偉人でも、傲慢な政治家でも、無防備な姿で腰掛けるしか術のない平等装置、トイレット。だがその形態は多種多様。イスラム圏ではとくに。。。

筆者は明日からイギリス→トルコに乗り込む予定です。

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