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2010/08/27

終着駅~トルストイ最後の旅~

トルストイと聞いて手垢のついたロシア文学の残骸と侮るなかれ。さすが革命直前のロシアに生きた文豪は老いてもなお素晴らしくパンキッシュな人生を歩んでいる。戦争従軍、宗教批判、農奴解放、財産放棄。あらゆるタブーを打ち破ってきた突き進む彼の周囲には、その威光にすがろうとする信奉者がいっぱい。そして最愛の妻ソフィアとも口論の絶えない毎日。そんなこんなでトルストイ、ある日とつぜん、ついにブチ切れた。

「俺は出てく!」

かくして、巨匠82歳の家出が幕を開けるのだが・・・

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実際のトルストイの生涯からインスピレーションを得た小説を、『素晴らしき日』『卒業の朝』のマイケル・ホフマン監督が脚色化。たとえフィクションだと分かっていても、ここには想像するだに楽しく、深く、一筋縄ではいかない多種多様な愛情のかたちが刻まれている。アメリカではアカデミー賞前哨戦に突如として注目を浴び、ミニシアター系ながらたくさんの観客を動員した。

初めに断わっておけば、本作はロシア語ではない。全編英語だ(製作国は、ドイツ、ロシア、イギリス)。トルストイの世界観をロシア語特有の口の奥から絞り出すかのような語調と共に読み込んでいる人にとっては冒涜にも等しい映像化なのかもしれない。が、同時に思うのだ。もしも本作がロシア語で、しかもロシア単独製作で作られたなら、これほど光に満ちた軽快なコメディに仕上がっただろうかと。

かくも本作はひとつの要素を捨てて、ひとつの要素を獲得した。そうやって取捨選択を繰り返すことで、この瞬間にしか生じえないトルストイ像を掘り起こすことに成功している。

また、この映画が最後に辿りつく“終着駅”という舞台設定には唸らされる。列車とは日々多くの人生を運び来るもの。トルストイを慕う多くの人たちがこの地を訪れ、そこで静かに頭を垂れる。この敬虔な表情に言葉など要らない。僕らもまた同じ。1時間50分の人生を経て、カメラはいま群衆にまみれる。観客の視点はその一部となり、いつしか僕らもこのパンキッシュな老人に対し自然体のうちに深々と頭を垂れていることに気づかされるだろう。

そして本作は終着駅が裏を返せば“始発駅”でもあることを教えてくれる。

きっとあの瞬間からトルストイの新たな人生が始まったのだ。列車は今なお走りつづける。その延長線上に、いま僕らがこの映画に接する瞬間も存在している。

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