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2010/09/19

ミックマック

ジャン・ピエール・ジュネの映画からは「ひとりじゃない」という声が聞こえる。幻聴なのかな、と思っていたが、『ミックマック』からも、やっぱりいつもと同じ声が聞こえた。これはたったひとりの闘いに挑むはずだった孤独な男に、こちらからだと御免こうむりたいくらいに癖の強い仲間たちが「ひとりじゃない」と寄り添ってくれる映画だ。それもダークな薄明かりに赤と緑が鮮烈に映り込み、おもちゃ箱のようなメロディー響く幻想世界の中で。

Micmac
かつて地雷処理中の事故で父を失い、自身も突発的な事件に巻き込まれて頭に銃弾の残った男が、特殊な能力(それも人畜無害な)を持った仲間たちの助けを借りながら、地雷、銃弾を製造した殺傷兵器メーカー2社(しかも向かい合わせで建っている)にリベンジを挑む物語。

イラク戦争で人類が直面した、争いを繰り返す人間の性とそれを利用したビジネス。または政治が資本主義の暴走を止められなかった時代。あらゆる映画作家たちがこれらの悔悟を何らかの作品へと直接的、間接的に発露させる中、ジュネはこんなにも楽しく手のひらに地球全体の混沌を集約させてみせ、それを真上からパンッと叩き潰してしまった。

この映画の主人公は頭に銃弾を抱えながらもごく平和的なリベンジを目論み、軟体女はどんな壮絶な形状にも自らを柔軟に適応させ、また仲間の男は廃材を用いて死の商人たちとは真逆の素晴らしき創造性を発揮してみせる。かといって彼らは闘いの果てに平和を叫ぶわけでもなければ、失ったものを取り返そうとするわけでもない。その先にはただ単に普通の生活が続いていくだけだ。おかしな仲間たちとの、ごくありきたりな生活が。

そんな彼らが最後に仕掛けるとびきりの大逆襲が楽しい。傍から見ればただの悪ふざけのようだが、これまでのジュネに比べて人間の創造性を遥かに深く掘り下げた、胸のすくような大岡裁き。

そもそも人間の想像力ってやつは何かが欠けることによってかえって膨らむ。映画だって限定された四角い窓から世界を見渡すことで全く違う風景が見えてくるもの。この性質を最大限に利用して巨悪にユニークな鉄槌を下す様があまりに楽しいだけに、その裏側に隠されたジュネの本気度100%の想いが透けて見えてくる。顔では笑っていても、これはジュネ、世の中に対してかなり怒っているな、と感じた次第。

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