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2010/10/21

【レビュー】ソーシャル・ネットワーク

フェイスブックの創始者マーク・ザッカーバーグ。ハーバード在学中に着想、拡大させたその壮大な構想の原点にはいったいどのようなエピソードが隠されていたのか?

ストーリーだけを追うと非常にオーソドックスな映画だ。ひとりの女性が手元から去った(というか付き合っていたのかさえ分からない)のをきっかけに、腹いせか、それともゲーム感覚か、とにかく瞬く間に世界中の5億人ものユーザーと繋がってしまった青年の話。

The_social_network
その意味で、これはメディアを使って神になろうとした『市民ケーン』かもしれないし、または領土拡張を図る新時代の『アレキサンダー』なのかもしれない。いやこれにとどまらず、『ソーシャル・ネットワーク』には、学園、恋愛、友情、裏切り、訴訟、ビジネス、誘惑といった映画の様々なジャンルが一緒くたにされ、コンピューターの演算処理のごとくジェットコースターのごときスピードでスリリングに絡まり、ほつれ、ほどけていく。特にそのセリフの速度、量たるや尋常ではない。

ただし、そこには全くの抒情性が欠落している。これら膨大なセリフの中に、ほんとうに大切なものは果たしてどれほどあるのか。デビッド・フィンチャーの演出、アーロン・ソーキンの脚本はこの物語を推し進める幾人かの登場人物の感情にベールをかぶせ、とりわけこの人間ともモンスターとも取れるひとりの青年の相貌を不気味なまでに創出していく。

そして面白いことに、本作のザッカーバーグは感情が読み取りにくい代わりに、自身が執筆しているブログでは他人に対する罵詈雑言をたやすく吐き出している。まさに感情を外付けハードディスクに保存しているかのようなキャラクター造型。きっと多くの観客が彼の佇まいに(良くも悪くも)人間の行きつく先を垣間見るのではないだろうか。そして彼の行動を俯瞰した時、実生活で叶わぬならばせめて構造的に人と繋がっていたいという、あまりに切実な想いを感じてしまうのは気のせいだろうか。

そうして翻弄されるうちに、ふと映画は終幕-。

え、ここで終わりなの?と驚いてしまった。あまりにあっさりと、余韻のない幕切れ。もしかすると2時間半、3時間くらいにも引き延ばせたかもしれないこの物語を、本作は2時間ちょうど(!)で終わらせる、というか切り上げているのではないか。これも抒情性を剥ぎ取るひとつの方法なのだろうか。例えるならば、サイトからログ・アウト、あるいはPCをオフにするの感覚と似ている。なんだかそのやり方も含め、本作自体が恐ろしいほどネットっぽくてリアルだ。

ただし、それでいてデヴィッド・フィンチャーの創り出すひとつひとつのシークエンスは、相も変わらず深い闇と仄かな光とが同居し、静謐な中に凄味を秘め、またあらゆる感情を削ぎ落していく怪物性をも十分に匂わせている。演技面でも若き俳優たちがこの状態を作り上げていくまでに何十回、何百回とシーンを繰り返させたそうだ。脚本家アーロン・ソーキンの目にはその演出ぶりが「そうすることでオペラ的な演技に向かおうとする本能を鈍らせ」るように見えたそうだ。このあたかも表面的な世界を作り上げるのに、実はとてつもない綿密な創作過程と研ぎ澄まされたビジョンを擁していることも忘れてはいけない。

多くのフィンチャー作品と違って一滴も血は流れないが、その上をゆく危険なものが脈々と流れていたような気もする。果たしてこの映画の電源を切った時、あなたの心の中には残るのはいったいどんな感情だろうか?

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ナイン・インチ・ネイルズとしても知られるトレント・レズナーによる楽曲がフィンチャーの映像&コンピューターをめぐるストーリーと怖いくらいの相性の良さでハマっています。

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