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2010/11/07

【レビュー】ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ

はじまりはビートルズ・ナンバーの出だしのコードだった。

しかし、そこに響くのはほんの1コードのみで、それ以上でも、それ以下でもない。つまりこれは名曲が名曲になる以前の物語。歴史はまだ何も完成されておらず、ジョン・レノンはまだ皆の知るジョン・レノンではない。それどころか、この先どんなコード進行で人生を歩んでいけばよいのか皆目見当もついてない様子の、まさに文字通りの"nowhere boy"がここにいる

Nowhere_boy
伯父さん、叔母さんの手で育てられたジョンは、ある日、近所に理由ありの女性が住んでいることを知る。

ジョンにはすでに漠然とした確信があった。意を決してノックした扉から彼を招き入れた彼女。それはジョンの実の母親だった。十数年ぶりに突如として母子関係を復活させたふたりは、これまで失ってきた時間を取り戻すかのように、レコードを高鳴らせ、それに合わせダンスのステップを踏む。だがその交流は、やがて長年ジョンを息子のように育んできた叔母の知るところとなる。小言ばかりで口やかましくカチカチ頭の叔母だが、彼女もまた誰よりもジョンを愛する“育ての母親”だった。こんな二人の狭間で影響を受けながら、若きジョンは仲間と出逢い、いつしか音楽を奏ではじめる。。。

イギリスではビートルズ伝説の“プリークエル”として瞬く間にスタンダードのひとつに数えられるまでになった本作。今なお多くの人々に純粋なラブ&ピースを届けつづけるジョン・レノンの人生の源流にはこのような生い立ちと家庭環境があったのかと、エピソードのあちこちに納得と発見が詰まっている。

そして本作の独自性は、これまで男目線で語られることの多かったビートルズの起源に、(オノヨーコ以外の)新たな女性の視点を付与したこと。それも“母性”と“慕情”によって伝説を綴るという方法論を取ったことにある。

監督を務めたのはこれが長編一作目となるサム・テイラー=ウッド。これまで写真を中心に様々な芸術活動を展開してきた彼女が題材として“ジョン・レノン”を選択したのも興味深い。なぜなら彼女は自身のキャリアの最初期に、かつてアニー・リーボヴィッツがジョン・レノンの死の数時間前に撮影したオノ・ヨーコとの有名な愛のツーショット写真の“パスティーシュ”を発表しているからだ。きっとこの頃からジョン・レノンに引き込まれる何かを感じていたのだろう。

そして愛の文脈でいえば、彼女もまた、この映画をきっかけとして主演のアーロン・ジョンソンと出逢い、そして20以上の歳の差をものともしないカップルと化してしまった。

本作を観ていると時間が経つにつれアーロン演じるジョン・レノンの表情がどんどん精悍さを帯びてくるのが手にとるようにわかる。それは物語の集約における重力的な作用である以上に、撮り手と被写体とのレンズを隔てた化学反応によるものなのだと、無粋ながら勝手にそう受けとめている。そのほうがロマンティックだから。

二人のあいだには7月に元気な女の赤ちゃんが生まれたそうだ。これもまたジョンが間接的にもたらしたラブ&ピースということか。

そう考えると、どうやら相当なまでに縁起のいい本作だが、エンドクレジットで故人への謝意が綴られているのも忘れ難い。奉られた名前は、アンソニー・ミンゲラ。『イングリッシュ・ペイシェント』などで名高い彼はテイラー=ウッドの才能が芸術面のみならず映画にも通用することをいち早く見込み、彼女の初短編映画においてプロデュースを買って出た経歴を持つ。

すでに亡くなってから数年経つが、ジョン・レノン然り、素晴らしい偉業や人物の思い出は永遠に記憶の中に留まりつづける。それに伴う感謝の気持ちだって生涯にわたって消えることはない。『ノーウェアボーイ』のエンディングからそんなことに気づかされた。

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